日本では、すぐに下火になったかとも思われた、#MeToo運動。しかし、福田淳一前財務省事務次官によるセクシュアル・ハラスメントを女性記者が告発、その後、福田氏の対応のまずさなどから抗議の声が上がった。一方で、新たなセクハラ事例が次々に表面化している。今、報道の現場はどのような状況なのか? 報道の現場に限らず被害をなくすにはどうすればいいのか? 被害者が声を上げるために必要なことなどを、東京新聞の望月衣塑子記者に聞いた。
女性ジャーナリストの敵は身内?
2018年5月21日、大阪国際大学の谷口真由美准教授が代表を務める「メディアにおけるセクハラを考える会」が、メディアに携わる女性を対象に、セクハラ被害についてインターネットを通じて調査した結果を発表しました。その調査結果によると、セクハラの加害者として多いのは、国会議員ら政治関係が11%、警察・検察が12%、いちばん多いのが社内、いわば身内からのハラスメントで、40%という数字(東京新聞2018年5月22日朝刊)はちょっとショックでしたね。
私自身は、社内でそうした被害に遭ったことはありません。ただし10歳以上先輩の女性記者たちに聞くと、入社当時「なんで女に警視庁や特捜(特別捜査部)回らせるんだ」とか「女に事件記者は無理だ」とかいう発言が平然と行われていたと聞きます。女性蔑視の時代だったんだなあと、ギャップを感じます。「考える会」の調査で社内の被害に遭ったという人は、そうした上の世代の割合が多いのではないでしょうか。
1986年に施行された男女雇用機会均等法以降、東京新聞では女性記者の採用が徐々に増え、私が入社した2000年頃には新規採用者の約3割になっていました。最近は、入社試験の成績上位者は女性記者の割合が多いらしいのですが、様々なことが考慮された結果、男女半々ぐらいになると聞いています。人数が増えたことで、政治部や社会部に配属になる女性も増えています。
しかし、現状、東京新聞では女性で論説委員は佐藤直子委員の一人だけです。それでも、部長職には増田恵美子文化部長と稲葉千寿生活部長の二人がいます。また、ずっと男性が占めてきた政治部長というポストに、2015年にはフジテレビの渡邉奈都子さんが、2017年には、毎日新聞の佐藤千矢子さんや日本テレビの小栗泉さんが就いています。そうした目に見える変化も出てきているのです。
部長職に女性がいることだけではなく、産休明けの私に武器輸出の取材を勧める男性上司がいるとか、社会部に出産後の女性記者が何人もいるなんて、先ほど話した先輩女性記者の時代には考えられなかったと思います。女性記者が増えたことだけが理由ではありませんが、東京新聞では、かつては紙面の中面でしか取り上げられてこなかった待機児童などの育児・教育の問題や女性の貧困など様々な問題が、今はトップ記事になるようになったことも、大きな変化だと思います。
ただし社によっては、出産後、社会部に残ることを希望しても企画系の部署に異動になることが現実としてまだまだ多いです。地方の新聞社では、数の少ない女性記者を取り巻く社内環境は変わらず、活躍の場は限定されているとも聞きます。こうした女性差別的な環境下では、身内からのセクハラだけではなく、取材先の男性からのセクハラ、パワーハラスメントも起きやすいのではないかと思います。
伊藤詩織さんの存在が大きく影響
つい最近、セクハラ被害に遭った元早稲田大学文学学術院の女子学生が、相手の大学教授を告発したことが話題になりました。彼女は「たとえ匿名で告発したとしても、個人攻撃など被害は何かしら起きるかもしれないという怖さはありました。でも、最近の#MeToo運動を見て、自分も声を上げてもいいのだと思い、決意しました」と「プレジデント オンライン」(2018年6月20日)のインタビューで答えています。
このようにセクハラの被害者が声を上げるようになったことには、ジャーナリストの伊藤詩織さんの存在が大きく影響していると思います。私は、2017年5月、彼女が顔を出し実名でレイプ被害を公表した直後に会って、取材をし記事にしました。その後も何度か会っていますが、一人の勇気が世の中を変えていくのを実感しました。
例えば、彼女が声を上げた直後には、人気ブロガーのはあちゅうさんや元厚生労働事務次官だった村木厚子さんなど著名な人たちも、封印していた自身の過去のセクハラ被害を告白していました。
今年に入ってから、4月には福田淳一財務事務次官(当時)からの被害をテレビ朝日の女性記者が告発し、マスコミでも大きく取り上げられました。同じく4月には、官民ファンドの「クールジャパン機構」の役員に対して元派遣社員の女性が訴訟を起こし、その裁判の第1回口頭弁論で「被害者に寄り添っていない」と訴えました。同年5月、それまでのセクハラ疑惑に対し覚えがないと言っていた高橋都彦(くにひこ)狛江市長が、被害者4人が実名で抗議文を出したことから辞職表明に追い込まれました(6月4日に辞職)。6月に入ると、4日付で停職9カ月の懲戒処分を受けた外務省のロシア課長のセクハラ疑惑が、新聞や週刊誌で騒がれました。
このように、続けざまに表面化したのには、やはり被害に遭った女性たちが詩織さんに触発されて「声を上げよう」という思いに至ったのだと思います。詩織さん自身の件については、なかなか日本のマスコミでは取り上げられていません。しかし、BBCやCNN、ニューヨークタイムズなど、海外では取り上げられていて、BBCは詩織さんのドキュメンタリー番組を制作、6月28日(現地時間)に放送しました。日本のマスメディアより海外のマスメディアの方が、詩織さんの事件を大きく、かつ詳細に報道し、日本社会の性犯罪被害者たちへの排他的な姿勢や、警察の性犯罪捜査の問題点を浮き彫りにしました。
こうした番組の放送後、SNS上では多くの応援の声もありましたが、相変わらず信じられないようなバッシングもありました。ドキュメンタリーの中で自由民主党の杉田水脈(みお)衆議院議員が、ほかの議員らと詩織さんを揶揄(やゆ)するイラストを見て笑ったり、BBCからの取材に対して、女性として落ち度があったという趣旨の発言をしたりしているのを見たときは、開いた口が塞がりませんでした。
生まれ育った日本では安心して暮らせない、メディアでもなかなか取り上げてもらえない。そんな詩織さんの状況は、見ていて切ないですし、本当に腹が立ちます。安心した居場所を求めて、彼女が活動の拠点をイギリスに移したのは、当然の成り行きだったのかもしれません。
問題解決のために立ち上がる女性たち
福田氏のテレビ朝日の記者へのセクハラにも、同じ記者として怒りを感じました。許されない行為であることは明白です。
さらに批判の的となったのが、財務省が謝罪しているのに当事者の福田氏はセクハラを否定し反省もしていないこと。そして麻生太郎財務大臣の「はめられた可能性は否定できない」、下村博文元文科大臣の「(福田氏は)はめられたと思う」「(被害者による録音は)ある意味で犯罪」というコメントでした。あまりのひどさに、4月18日、新聞労連が「『セクハラは人権侵害』財務省は認識せよ」、民放労連が「財務次官セクハラ疑惑と政府の対応に強く抗議する」という声明を出しました。
5月1日には、女性記者が喧嘩を売られたようなものだから受けて立とうという気運から「メディアで働く女性ネットワーク(WiMN:Women in Media Network Japan)」が設立され、15日には代表世話人の二人、元朝日新聞記者の林美子さんとジャーナリストの松元千枝さんが記者会見しました。