「国会パブリックビューイング」でおなじみの上西充子さんは、思考の枠組みをしばってしまう「呪いの言葉」を解きほぐし、自らを解き放つ方法を教えてくれる。今回は、21年のお正月に放送された人気ドラマ『逃げ恥』の新春スペシャルを題材に考えます!
「『普通』のアップデートですね。あとに続く人のためにも、道をつくりましょう」――1月2日にTBSテレビで放送された「『逃げるは恥だが役に立つ』ガンバレ人類!新春スペシャル!!」の中で、津崎平匡(星野源)が妊娠中の妻・みくり(新垣結衣)に語る言葉だ。*カッコ内は演じた俳優名(以下同)
共同経営責任者として
平匡(ひらまさ)とみくりは「共同経営責任者」として二人の生活を営んでいこうとしていた。2016年の連続ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(略称『逃げ恥』)では、雇われ家政婦と雇用主という関係で出会ったみくりと平匡が、互いに距離を縮め、恋愛関係へ、そして夫婦へと関係性を移行させることを決め、仕事も家事も、共に分担しあいながら柔軟にやりくりしていこうと合意するまでを描いていた。
新春スペシャルの冒頭、食卓で向かいあった二人が、それぞれが担った家事を報告し、ねぎらいあう。
みくり「エアコンのフィルター、掃除しておきました」
平匡 「ありがとうございます。ガスレンジ、ピカピカになりました」
みくり「ありがとうございます。料理したくなります!」
*「『逃げるは恥だが役に立つ』ガンバレ人類!新春スペシャル!!」のセリフは、放映されたドラマより筆者が書きとったものです(以下同)
夫婦の会話というよりは職場の声かけのようにも聞こえる。夫婦なら、家事の分担があっても、それをお互いに淡々とこなすだけであることが多いのではないだろうか。「やった」アピールもしないし、「ありがとう」と言葉で感謝を示すこともしない。
この夫婦がそうではないのは、もともと労働条件をしっかり取り決めた雇用関係から出発しているからでもあるのだが、雇用関係から恋愛関係に移行するにあたって、言いたいけれど言えない、相手がどう思っているのか分からない、モヤモヤをひとりで抱え込んでしまう、といった葛藤状況を一つ一つ話しあい、解きほぐし、交渉して、乗り越えてきたからでもある。
お互いの愛情を確かめあうまでの、そして新しい関係性を構築していくまでの、そのじれったいプロセスは、「ムズキュン」と形容される感情を視聴者に呼び起こし、連続ドラマの大きな見どころだった。夫婦としての生活を描く新春スペシャルでは基本的な信頼関係は築かれたあとであるので、連続ドラマのときのような恋愛要素は後景に退いている。
しかし、恋愛以外の面でも、『逃げ恥』は原作コミック(海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』全11巻、講談社)もドラマ版(脚本・野木亜紀子)も、めっぽう面白いのだ。その面白さの特徴は、言葉の力に焦点が当てられているところにある。
言葉は人の思考と行動を縛る「呪い」としても機能するし、その呪縛を解く力も持つ。状況を分析し把握することに役立ち、状況を動かす際の武器になる。相手を認め、相手の心を温める力も持つ。
私はその『逃げ恥』の魅力の一端を、2019年に著書『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)で紹介した。今回は新春スペシャルを取りあげ、言葉によって「呪い」を分析し解いていく場面に注目したい。
「呪いの言葉」を解く
『逃げ恥』において、「呪いの言葉」とその呪縛からの解放は、全編を貫く大きなテーマだ。連続ドラマの最終回では、みくりがかつての彼氏から言われて抱えていた「小賢しい」という呪いを平匡がするりと解いて見せたのがクライマックスだった。
みくり「発見はありました。派遣社員だったとき、よく上司にアレコレ提案してたんです。こうした方が効率的とか、なぜこうしないんですか、とか。でも向こうはそんなの求めてなくて、うざがられて切られるっていう」
平匡 「……」
みくり「私の小賢しさは、どこにいっても嫌われるんだなーと思ってたけど、青空市の仕事では、むしろ喜んでもらえて」
平匡 「……」
みくり「小賢しいからできる仕事も、あるのかもしれません」
平匡 「……小賢しいって、なんですか?」