危機的な人口減少が続く日本。海外から労働者たちを迎え入れなければ成り立たないこの国は、しかし、彼らのことを何も知らないのではないか……。
東日本大震災で亡くなった外国人を一人ひとり訪ねて歩いたルポ『涙にも国籍はあるのでしょうか』を上梓した三浦英之氏と、『戦狼中国の対日工作』や『北関東「移民」アンダーグラウンド』など、メディアでは取り上げられない外国人の実態を取材する安田峰俊氏。知られざる日本の外国人にディープに迫る二人が、都内の居酒屋で語り合った。
したたかな中国という幻想
三浦 安田さんには一度直接お会いしてお話ししたかったので、今日は本当にうれしいです。安田さんの近著『戦狼中国の対日工作』(文春新書)は、その取材の深さに驚かされました。いま海外でも話題になっている中国の地方公安局の「海外派出所」がどういう存在なのか――この本に書かれている事実の多くは、安田さんが実際に足を使って取材しなければ分からなかったことばかりですよね。
安田 ありがとうございます。政府関連とか中国ジャーナリズム関連の特殊な業界ではそこそこ評判になったみたいですが、世間的にはあまり話題になっていませんが……。
三浦 確かに。もっと話題になっていい、超一級のルポルタージュだと思います。安田さんが取材の過程で中国の秘密警察の関係者と思われる人物に突撃取材をしたとき、相手に「安田さんの記事はネットで拝見しましたよ」「まあ、コーヒーでも淹れましょうか」って言われて対応される場面とか、読んでいてあまりに生々しくて。私も経験がありますが、緊迫した状況では、こういう一見穏やかなやりとりのほうが、実は怖いんですよね。コーヒーに何を入れられてるか分かんないし……。
安田 そう、さすがにコーヒーには口をつけませんでしたよ。
三浦 そういう取材先は、まず取材者をけなしたり、脅したりするのではなく、逆に褒めてくる。安田さんも近著の中で「安田さんは日本のジャーナリストとしては、比較的客観的な記事を書いている」って言われていますが、これとほぼ同じ文言を、私もアフリカで象牙の密猟組織を追っていたときに、中国大使館の関係者から言われたことがあります。
安田 紋切り型みたいなものですよね。
三浦 でも本を読み進めていくと、そういう怖い中国のイメージが変わっていく。安田さんが大阪の中国総領事を取材したときに、「こんなに長くインタビュー受けたの初めてだ」って総領事が素朴に喜んでいたというのは驚きでした。
安田 中国って「したたか」と言われますけど、それは幻想なんです。総領事館の彼らは、私のことをまったく調べていなかったんですよ。私も最初は、もしかしたら自分は中国の手のひらで踊らされているんじゃないかって疑っていたんですが、総領事がWeChat(中国のメッセージアプリ)の個人アカウントを教えてくれて、その中には家族の写真も入っていた。本当に、私のことを日中友好主義者の親中ライターだと思っていたみたいなんですよね。
三浦 「安田峰俊」でググったら、(中国国内ではタブーになっている)天安門事件についての本を書いて大宅賞をとっている人物だって、すぐに分かるはずなのに……。
安田 ひとつ考えられるのは、彼らは本国からスマホを持ち込んでいて、中国国内基準の言論統制がある「百度(バイドゥ:中国の大手検索サイト)」でしか、検索していなかったという仮説です。Googleという「米帝」の検索エンジンを避けたことで、私に関する反中国共産党的な情報を得られなかったのではないでしょうか。
三浦 「米帝」……(笑)。あと、総領事館から帰るときに、習近平の著書2冊とパンダをモチーフとした総領事館のゆるキャラ「パンパン」のマスクをプレゼントしてもらったっていうのも、面白かったなぁ。
安田 中国が怖い国であることは間違いないのですが、恐れるポイントが違うと思うんです。「したたかな中国」という幻想を持っている日本人は多くいて、中国の「海外派出所」について騒いでいる人も、ネット上に山ほどいます。でも実際に見に行って取材してみると、ネット上のイメージとは違うんですよね。さまざまな情報が共有されているネットの時代だからこそ、その情報の裏をとることがとても大事なんだと思います。