50年を迎えた南極観測
南極大陸は、日本から1万4000kmも離れた極寒の大地だ。最低気温の記録はマイナス89度、昭和基地でもマイナス45度に達したことがある。南極観測は滞在するだけでも厳しい環境下で行われている。日本の南極観測は、1957年1月、砕氷船「宗谷」に乗った第1次南極観測隊(隊長・永田武東大教授)53人が東オングル島に上陸し、昭和基地を建設したことから始まる。太平洋戦争の敗戦からまだ10数年、日本は貧しかった。船も装備も貧弱で、「南極探検」と呼ぶのがふさわしい冒険だった。
以来50年。日本の南極観測は数多くの学術成果を挙げてきた。主な成果には、(1)氷の分析による地球環境の変動史の解明、(2)世界一の保有数を誇る隕石(いんせき)、(3)オゾンホールの発見、などが挙げられる。
地下3000m、72万年前の氷
南極大陸は日本の37倍、1388万平方kmの広大な陸地の上に、平均1856mの分厚い氷が乗った「氷の大陸」だ。もし、地球温暖化で南極の氷が全部溶けてしまうと、海面は60m近く上昇。世界中の海岸線沿いの都市が水没してしまうほどだ。南極大陸に降った雪は、長い年月の間に押し固められ、氷になって堆積していく。氷の中には、太古から現在に至る大気や火山灰、宇宙塵などが当時のまま保存されている。この「地球環境のタイムカプセル」の氷柱(氷床コア)を地中深くから掘り出して分析すれば、過去の気候が分かる。
昭和基地から約1000km内陸にある、ドームふじ基地で採取された氷柱は、地球温暖化と二酸化炭素の関係を裏付けた。34万年前から現在までの空気を年代順に調べた結果、二酸化炭素が上昇した時期に気温が上がっていることや、過去200年間に二酸化炭素濃度が急上昇していることが分かった。
日本隊は2006年1月、地下3029mから、約72万年前の氷柱を掘り出した。研究者は大昔の地球環境の解明に意欲を燃やしている。
隕石の保有数は世界一
日本の観測隊は、南極で1万6201個の隕石を採集している。南極で見つかった隕石2万7658個の6割を占め、世界一の保有数を誇る。隕石の多くは、太陽系が形成された約46億年前の状態を保っていると考えられており、「南極を調べれば、宇宙のことが分かる」。
このうち、火星の隕石も9個ある。宇宙船が火星の岩石を地球に持ち帰った例はなく、世界の隕石研究者にとって垂涎(すいぜん)の的だ。
なぜ、日本隊はこんなにたくさんの隕石を採集することができたのか。
南極に落ちた隕石は、降り積もる雪で氷の中に閉じこめられ、低い所へ流れていく氷と共に移動する。氷は山脈にぶつかってせき止められ、夏場に氷が蒸発すると、隕石が地上に姿を現す。日本隊は、やまと山脈付近で、このようにして氷上に露出した隕石を大量に見つけることができたのだ。
オゾンホールの発見
日本の地道な気象観測が、地球規模の環境汚染であるオゾンホールをいち早くとらえたことも特筆される。エアコンや冷蔵庫の冷却剤、ヘアスプレーなど、幅広く使われていたフロンガスは、有害な紫外線を吸収するオゾン層を破壊する。この結果、南極上空でオゾン層が薄くなり、地表に紫外線が届きやすくなる現象がオゾンホールだ。1982年9月、忠鉢繁隊員(現・気象研究所主任研究官)が南極上空のオゾン量の急激な減少を観測したが、原因が分からず、機械の故障と考えたため、フロンガスによるオゾン層破壊の仕組みまで解明できなかった。
その後、イギリスの研究者が南極観測のデータから、オゾンホールの発見を論文発表したが、それより早くオゾン量の減少を国際会議で報告していた忠鉢隊員の業績が高く評価されるようになった。
オゾン破壊のメカニズムを予測したアメリカのシャーウッド・ローランド博士とマリオ・モリーナ博士は、95年のノーベル化学賞を受賞した。日本にとっては、ノーベル賞受賞まであと一歩という惜しい結果となった。
地道な長期観測が生む成果
南極にはクジラ、アザラシ、ペンギンといったおなじみの動物から、魚類、オキアミなどのプランクトン、コケ、微生物などがいる。最近、注目されているのが医療や工業など社会に有用な微生物の研究だ。マイナス数十度という極限環境で生存する微生物を研究することで、超低温でも働く酵素など、今までにない新しい薬品を得られる可能性が大きいからだ。
このほか、昭和基地はオーロラの観測に最適な場所で、太陽活動の研究でも重要な位置にある。地質調査でも様々な研究成果を積み重ねている。
しかし、50年にわたる昭和基地の歴史で最も重要なことは、気象や地磁気、プランクトン量やペンギンの個体数など、地道な観測を長年続けてきたことだ。南極大陸には28カ国の基地があるが、長期間きちんと観測を続けてきた国はアメリカ、イギリスなど、ごく一握りの国だけだ。オゾン層の急減を発見したのも、長期の観測に基づく例年の値が分かっていたからだ。南極観測は一見、何の役にも立たず、ムダのようにも見える。しかし、極寒の地に観測隊を送り続ける余裕こそが、本当の先進国や文化国家の証明なのだ。