ほぼ、オマジナイのような商品説明
国民生活センターがゲルマニウム・ブレスレットについての調査結果を発表した(2009年6月26日)。そもそも、ゲルマニウムのブレスレットに特別な健康効果など期待できないのだが、調査結果もまさにそのようなものであった。ゲルマニウムを含む製品を身につけると健康にいいという話が根強く信じられており、ブレスレットのような商品がたくさん出回っている。ところが、それを裏付ける科学的根拠はない。ゲルマニウム商品の宣伝文を読むと、たとえば「ゲルマニウムは32℃より高温で電子を放出する」などという、いかにも科学的な記述が見られる。ところが、この文章は科学的には意味不明である。
そもそも電子を放出というのはどういう意味なのだろうか、32℃という温度がどこから出てきたのだろうか。また「健康には電子が大事」と書いてある宣伝も見かけるが、これもまた意味不明である。
もちろん、人間の身体の中ではさまざまな化学反応が起きており、電子が重要な役割を担っているが、だからといって電子を放出するものを身につけて、そこから電子を取り入れれば健康になれる、などという短絡的な話はできない。
20年以上前にも、ゲルマニウム・ローラーという美容商品が市場に出回っていた。今のゲルマニウム人気はリバイバルである。当時からゲルマニウムの健康効果は疑われていたが、それが今でも信じられているというのだから、もはや「迷信」と言ってもよいだろう。
なお、有機ゲルマニウムと呼ばれる「飲むゲルマニウム」については、ある程度まじめな研究もあり、迷信とは言い難いかもしれないが、その効果については決着がついていない。そもそも、ゲルマニウムは必須元素ではないし、また酸化ゲルマニウムや純ゲルマニウムを飲むと健康障害があるとされるので、ゲルマニウム系のサプリメントを飲む理由はまったくないと言ってよい。
信じるためには科学的な根拠が必要
ところで、国民生活センターの発表には以下のように書かれている。「すべての銘柄に、ゲルマニウムが健康に対する何らかの効果を示す旨の表示がみられたが、独立行政法人科学技術振興機構の科学技術文献データベースで検索したところ、科学的根拠を示す文献は確認できなかった」「ゲルマニウムのヒトに対する効果について、製造者又は販売者名が記載されていた5社に対してアンケート調査を行ったところ、回答があった2社中1社は根拠となる資料を所有していなかった」
この文章の意味するところは大きい。つまり、健康効果をうたうものには科学的根拠がなくてはならないのである。そして、その根拠はデータベースで検索できる文献に書かれているのが当然と考えられている。
これはブレスレットに限らず、あらゆるゲルマニウム商品、そして健康効果をうたうあらゆる商品にあてはまる。もっと言うなら、どんな効果であれ、それをうたうには科学的根拠が必要である。
体験談商法にだまされてはいけない
では、健康効果をうたう商品に必要な科学的根拠というのはどういうものなのか。がんに効くという触れ込みの健康食品の「体験談商法」が問題になったことがあった。実際、「私はこれを食べてがんが治りました」というたぐいの体験談をまとめた本がたくさん出版されているが、こういうものは一見普通の本でも、結局は健康食品や健康グッズの宣伝の一環にすぎない。体験談そのものが捏造(ねつぞう)である場合は論外として、では、捏造でない体験談は科学的根拠になるのかと言えば、「ならない」が答えである。たとえば、仮にゲルマニウム・ブレスレットを身につけたら肩こりが治った、という体験談があったとしても、これは単に「ゲルマニウム・ブレスレットを身につけるようになった後で、肩こりが治った」という順序関係を述べているだけで、肩こりが治ったのがそのブレスレットの効果であるという証明にはならない。偶然かもしれないし、なにかほかの理由かもしれない。「治りました」ではだめで、それが偶然や他の理由によるのではないことを示さなくてはならない。
それなら、条件を変えて試してみる
こうした場合には、与えられた条件の影響を判断できる対照実験が有効である。ゲルマニウム・ブレスレットの効果であると主張したければ、少なくともゲルマニウムではないブレスレットを身につけた場合との比較は必要である。その際、被験者は自分が身につけているものがゲルマニウム製なのか、そうでないのかを知らされないことが重要であり、もっときちんとやるには「二重盲検法」という手法を使う。そして必ず、ゲルマニウムを身につけた人と、そうでない人のそれぞれについて、何割が治り何割が治らなかったかを、調べて比べなくてはならない。自然治癒の可能性があるからである。
ところが「体験談」では、「ゲルマニウム・ブレスレットを身につけて、治った人」しか報告しない。これでは、ゲルマニウムの効果については何も言えない。
ゲルマニウムに限らず、効果を客観的に確かめるとは、そのようなことである。テレビ番組の実験では、往々にしてこの対照群が設定されておらず、科学的には意味のない実験であることが多い。「発掘!あるある大事典!!」が捏造問題で打ち切りになったのは記憶に新しいが、実際には捏造ではない放送分でも、科学実験としてはほとんど無意味だったことを改めて指摘しておこう。
説得力の希薄な「波動効果」商品
もう一つの例を挙げよう。東京都生活文化スポーツ局消費生活部は「波動」をうたう健康商品の調査結果を発表した(09年6月)。この波動とはなんのことだろうか。もちろん、「波動」という言葉だけなら、普通の科学用語であり、水の波・音波・電磁波など、振動が伝わるものはすべて波動と呼ぶことができる。また、電子のようなミクロな粒子の動きは量子力学という理論で記述できるが、それによれば小さな粒子は波動の性質を持つ。しかし、ここで問題になっている「波動」はそういう実在の波動とはまったく別のものであり、科学的にはまったく検証されておらず、そのようなものは存在しないと考えてよい。今回の調査は、その「波動」を使って自分の身体の健康情報を水に記憶させたり、「有害な波動を中和」するなどの効果をうたった製品についてのものだった。この発表でも、ゲルマニウムと同様に、その商品に科学的根拠がないことが指摘されている。
もっとも、物理学者の立場からすれば波動そのものがただの妄想のようなものなので、「有害な波動」とか「健康情報を記憶した水」とかいう言葉が書かれているだけで、でたらめと切り捨ててもいいのだが。
なお改正景表示法(03年施行)では、公正取引委員会が事業者に商品の効果や性能の合理的根拠を示す資料の提出を求めることができ、その根拠を示せなかったときには排除命令を出すことができる。
以上に限らず、「怪しい水」「水からの伝言」「マイナスイオン」「血液型性格判断」「ゲーム脳」などもまた、科学的根拠の怪しい「ニセ科学」的な言説であることを、最後に指摘しておきたい。
二重盲検法
(double blind test)治療薬の効果を正しく評価する場合などに、暗示による影響を回避するために取られる方法。被験者のみならず被験者に薬を渡す者にも、本当の治験薬であるかプラシーボ(偽薬)であるかを知らせず、その事実を知る第三者だけが判定する。
表示に対する排除命令
公正取引委員会による表示に対する排除命令は、1998年に7件であったものが、2000年に10件、28件(05年)、32件(06年)、56件(07年)と年々増えつつある。公正取引委員会から排除命令を受けた事業者は、問題表示の取りやめ、再発防止策の実施、違反事実の新聞広告を出すことなどを求められる不服があれば30日以内に審判請求ができる。