古い言葉なのですが、実は、このところ、しばしばこの言葉があちこちから聞こえて来るようになっています。G20諸国の中から。そしてIMFの中からも。彼らは、別段、歴史を回顧しているわけでありません。今の世の中を語る中で、この古典的な言葉が人々の口をついて出るようになっているのです。
そもそも、近隣窮乏化とはどういうことなのか。全く、読んで字のごとしです。要は、ご近所を貧乏にすることです。そのような結果をもたらす行動や政策を、近隣窮乏化行動と呼ぶのです。
ある国が、自国通貨の価値を引き下げるとします。それに首尾よく奏功すれば、通貨安のおかげで、その国の輸出品は外貨建てで値段が下がります。したがって、輸出は伸びることになります。一方で、輸入品は通貨安に見合って高くなりますから、国内に入って来にくくなるわけです。
輸出が伸びれば、いうまでもなく、輸出産業はハッピーになります。輸入が減れば、国内の輸入競合産業も、売れ行きが伸びて、やっぱりハッピーになります。二重の喜びですね。
ですが、この喜びは、ご近所の皆さんの幸福を踏みにじって、つかんだ喜びにほかなりません。ご近所さんたちからみれば、通貨安追求国の輸出増は、自国の輸入増につながります。急に輸入品がなだれ込んで来れば、国内産業が窮地に陥ってしまいます。相手の通貨安が進めば、価格競争力が低下して、相手への輸出も滞ることになります。すると、輸出産業も疲弊する。
かくして、ご近所さんたちに二重の不幸が訪れて、彼らの窮乏化が進んでしまいます。
グローバル時代においては、ご近所いじめはモノの貿易の世界だけに止まりません。カネの流れを通じても、ハタ迷惑さが広がりやすいのです。
デフレ国がやたらに金融を緩和する。すると、そうして作り出された余りガネは、より高い収益機会を求めて、国境を越えて出稼ぎに行ってしまいます。その出稼ぎ資金の洪水に見舞われた新興国や高金利国では、過剰流動性バブルが噴出して、経済が混迷することになります。
そんなこと知るか。ヒトのことを考えている場合ではない。一国の政策は自国の国益を守るのが仕事だ。輸出は伸ばす。輸入は阻止する。デフレは脱却する。株は上げる。自国通貨は安くする。外野の遠吠えなどは、気にするな。こんな心境や語り口が蔓延すれば恐ろしいことになります。
しかも、近隣窮乏化物語には、まだ続きがあります。
ご近所さんたちが徹底的に窮乏化してしまうと、どうなるでしょうか。彼らはモノを買うことが出来なくなります。そうなれば、いくら通貨安で押し売りをしようとしても、上手くいきません。買い手が存在しない市場で、いくらたたき売り作戦を展開しても、空しいだけです。
圧倒的勝利を博したその日から、転落と衰退が始まる。だからこそ、武芸者たちは、常により強い相手の存在を追求し続けたのです。塚原卜伝から、柳生新陰流の幕末の末裔たちに至るまで。
要するに、近隣窮乏化は結局のところ、自己窮乏化につながって行くのです。こんなことは、誰にでも解るはずですよね。ヤクザ気取り型の政治家にも。浦島太郎型ぼっちゃん政治家にも。