この分野で日本の若きフロントランナーとして注目を集めているのが、慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市)の特任准教授で、同市内に大学発バイオベンチャー「メタジェン」を設立した福田真嗣氏だ。
そこで今回は、福田氏と、メタジェン技術顧問で同社の経営をサポートする「リバネス」の副社長でもある井上浄氏の二人に、腸内フローラを含む腸内環境に関する最先端の研究内容、およびメタジェン設立の経緯と目的、今後の目標について語ってもらった。
基礎研究を続けながらベンチャー企業を設立
――「メタジェン」はいま話題の「腸内フローラ」に着目した大学発バイオベンチャーということですが、設立の経緯を教えてください。井上 私と福田さんが最初に出会ったのは、2010年でした。私自身は免疫の研究者で、当時、北里大学理学部で研究をしていて、神戸で開催された国際免疫学会後に初めてお話ししました。
福田 私は当時、理化学研究所に在籍していて、進めていた腸内細菌に関する研究で面白い成果が出始めていた頃でした。井上さんはすでに02年、科学関連のベンチャー企業を支援する「リバネス」を同年代の研究者仲間と創設されていましたね。
井上 あのとき、福田さんは「いずれ自分の研究成果を社会に還元したい」と話していて、私も研究内容に強い興味を抱き、「事業化するときはぜひ支援したい」と感じていました。その翌年の11年には、腸内細菌の一種であるビフィズス菌がマウスにおいて、腸管出血性大腸菌O157:H7による感染を防ぐという福田さんの論文が、イギリスの科学雑誌『Nature』に掲載されたのを知り、「やっぱり、すごい人だな」と。
その後、少し間が空きましたが、14年8月に「リバネス」を一緒に立ち上げた丸幸弘に福田さんを紹介して、「メタジェン」の設立と経営をサポートすることになったわけです。
福田 私が理研から慶應義塾大学先端生命科学研究所に研究の拠点を移したのは12年。14年に鶴岡で丸さんと出会い、研究成果を社会実装したいという「思い」を丸さんにぶつけたところ、「すぐに事業化しましょう!」と。メタジェン設立に当たっては、メタゲノム解析の専門家である東京工業大学の山田拓司さんにもお声掛けし、井上さんにも技術顧問として加わっていただきました。
井上 当時、私は北里大学から京都大学に移って研究をしていたのですが、福田さんと一緒に事業化のお手伝いをしたいと思い、15年8月に福田さんと同じ慶應義塾大学先端生命科学研究所に籍を得て、京都から山形県鶴岡市に移住しました。福田さんと2人で、本当にゼロからメタジェンの研究所を立ち上げているときは、これから世界が変わるかもしれないというワクワク感でいっぱいでした。
私が福田さんに惚れ込んだ最大の理由は、福田さんが「『Nature』に論文が掲載されただけでは世の中は全然変わらなかった。研究成果は社会に還元されて初めて価値が生まれるもの。事業化して世の中を変えたい」と言ったことです。私はこの言葉を聞いて「この人は本物だ」と確信しました。
腸内を「デザイン」して最適な状態に
――アメリカなどと違って日本の場合、「事業化は企業に任せる」という研究者が多いと思います。福田さんはなぜ、自分で事業化しようと考えたのでしょうか。福田 まず、先端的な基礎研究を続けることと、ベンチャー企業を立ち上げること、この二つは決して相反することではないと思うのです。腸内環境に関する研究成果を社会還元する、それによって人々が健康に暮らせる社会をつくる、そのために何をすべきか?と考えたら、どちらもやるのがベストだと考えました。また、事業化の部分を他の企業に任せたのでは、自分が理想とする形での社会還元ができないとも考えました。
近年、「腸内フローラ」のバランスの乱れが大腸がんをはじめ、大腸炎やアレルギー、肥満、糖尿病、動脈硬化、さらにはある種の自閉症など、腸だけでなく全身性の疾患にも影響しているとの研究報告が相次いでおり、腸内フローラの重要性に注目が集まっています。そのため海外のみならず国内でも、便を送ればその中の細菌の種類や占める割合を分析してくれるサービスを提供する企業が出てきました。これは自身の腸内フローラのバランスを知るという意味では非常に価値があると思うのですが、本当に健康に役立つ情報を得たい場合、やはり腸内細菌の種類や割合を知るだけでなく、個々の腸内細菌がどのような機能を持っているか、すなわち彼らが腸内で産生する代謝物質も同時に調べる必要があると考えています。というのも、同じ細菌種でも周囲の環境によって作り出す物質が変わりますし、病気を引き起こす原因としてこれまでに明らかになっているものの多くは、腸内細菌そのものというよりも、腸内細菌が産生する代謝物質であることが多かったからです。
そもそも普通の人は「あなたのお腹の中にはこういった腸内細菌が、これくらいの割合で存在しますよ」と言われても、そのバランスが悪かったときに「じゃあどうすればいいの?」と思うのではないでしょうか。つまり、腸内フローラのバランスとそこから産生される代謝物質、さらにはそれら代謝物質と病気との関係が明らかになってこそ、初めて腸内環境の制御(これを“腸内デザイン”と呼んでいます)による疾患予防という概念につながると考えています。
しかしながら、腸内フローラからどのような代謝物質が産生されているか、その代謝物質が人間の身体にどのような影響を及ぼしているのかの詳細については、まだ十分明らかになっておらず、まさに研究が行われている段階です。そのためわれわれは、基礎研究を続けながら得られた成果を臨床試験などで適切に評価し、最終的にはこれらを社会実装するために事業化していこうと考えています。
井上 実際、いくつかの代謝物質と病気との因果関係が福田さんたちの研究によって明らかになってきていますよね。代表例は先ほど話に出た、ビフィズス菌が腸内で産生する酢酸が腸管のバリア機能を高め、腸管出血性大腸菌O157:H7の感染を抑止することですが、ほかにも、腸内細菌が産生する酪酸が、特定の免疫細胞を増やして大腸炎を抑制することも突き止めました。
現在メタジェンでは、健康に貢献する代謝物質を産生する腸内細菌に関しては、それを増やすための方法を、一方、病気を引き起こす代謝物質を産生する腸内細菌に関しては、それを減らすための方法を他企業などと共同で検証している段階です。
福田 私たちの身体の中は恒常性を保つ力が強いため、多少体内に悪い物質が入ってきたとしても、すぐにはその影響が出ないケースが多いです。ところが、腸内は身体の内側ではなく外側であるため(ストローやちくわのようなイメージですね)、その恒常性を保つ力が体内と比較すると弱く、体内よりも変化しやすいと考えられます。
従って、便を詳細に分析すれば、血液検査でもわからないような超早期段階で、今後病気になる可能性があるかないかの予測ができるようになるかもしれません。そのためメタジェンでは、便の分析結果に基づき、腸内を「デザイン」して最適な状態にし、病気ゼロ社会を実現することを目指しています。