ホテル業界の「2007年問題」って何?
2007年3月30日、六本木の新名所「東京ミッドタウン」内に、アメリカ系超高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」がオープンした。9月1日には、日比谷に香港系の「ザ・ペニンシュラ東京」の開業が決定している。さらに2年後には、東京駅八重洲口と大丸新店舗に直結する、同じく香港系の「シャングリ・ラ東京」も開業する予定だ。従来、東京の高級ホテルは、ツインの客室面積が最低35平方メートル前後。料金は1泊3万5000円前後だった。ところが、開業した「ザ・リッツ・カールトン東京」は、最低52平方メートルの広さで、1泊6万8250円。「ザ・ペニンシュラ東京」も最低51平方メートルで、1泊6万9300円の宿泊料金となる見込みである。
05年にも「コンラッド東京」(汐留)と「マンダリン オリエンタル 東京」(日本橋)が開業し、48~50平方メートルの客室面積と6万円台の宿泊料金を誇っている。
こうした上陸外資に対して、従来「御三家」と呼ばれた「帝国ホテル東京」(日比谷)、「ホテルオークラ東京」(虎ノ門)、「ホテルニューオータニ東京」(赤坂)も、帝国ホテルの約170億円を筆頭とする大規模なリニューアルを行い、08年までにほぼ終了させる予定である。
また、1990年代「新御三家」と呼ばれた既存の外資系ホテル3軒、西新宿の「パークハイアット東京」、文京区関口の「フォーシーズンズホテル椿山荘東京」、恵比寿の「ウェスティンホテル東京」もリニューアルを終了。三者三つどもえの激しい競争が行われることになりそうだ。これが東京のホテル「2007年問題」である。
なぜ「2007年問題」が起こったか?
まず一つは、バブル崩壊後の不良債権処理と不動産価格の下落で、それまで手に入りにくかった東京都心の、ホテルに最適な立地スペースが空いたため。同時に大規模な都市再開発計画が立案され、新しい街作りを象徴するブランドとして、海外の超高級ホテルチェーンが選ばれるようになった。「東京ミッドタウン」の「ザ・リッツ・カールトン東京」しかり、三菱地所の丸の内再開発計画における「ザ・ペニンシュラ東京」しかりだ。現代の都市再開発には、話題を呼び、多くの客を集めるホテル・ブランドが不可欠なのである。
二番目は、1990年代に東京に上陸したハイアット、フォーシーズンズ、ウェスティンという外資系ホテル・チェーンが、いずれも大成功を収めたことである。これで、アジアの日本における「ラグジュアリー・マーケット」の存在を外資が知った。リッツや、ペニンシュラ、マンダリン、シャングリ・ラという海外のブランドにとって、東京は非常においしいマーケットに映ったわけである。
そして第三は、小泉前政権下から行われている「観光立国」政策が実を結んだことである。
東京を訪れる外国人観光客が増加し、現在、TOKYOは、アジアの観光地として世界の熱い視線を浴びている。
その理由は、ほかのアジア都市に比べて治安も良く、清潔で、サービスも良好。秋葉原や銀座などでのショッピング環境も充実しているからである。これらは、所得が上昇した中国、韓国、台湾の人々にとって、本国にはない非常に大きな魅力だからだ。
「1泊6万円台」って、誰が泊まるの?
続々とオープンする超高級ホテルに泊まるのは実は日本人だけではない。中国人の企業経営者や、韓国のIT長者であったり、台湾の輸出業者であったりする。「格差社会」化が進む日本でも、株式を上場した若手起業家や株投資で利益を得た人々が、よりプライベートで安全な、閉鎖的空間を好んで集まることだろう。そこでは、耳よりな投資情報や不動産購入が話し合われる。けれども、これら外国人客やビジネスマンニーズは、月~金曜までの平日に限られる。そこでホテル側が注目しているのが、若い日本人女性だ。外国人客がいなくなった週末の土・日曜は、東京に暮らしながら海外旅行に行ったような雰囲気を楽しみたい「若い日本人女性」が、日常生活とは異なる「非日常感覚」を求めて、高級スパやレストランを利用したりすると予想し、さまざまなサービスを用意している。
次々と上陸して採算がとれるのか?
新規開業するホテルは実はどれも小規模だ。「ザ・リッツ・カールトン東京」が248室、「ザ・ペニンシュラ東京」でも314室と、小規模ながら超高級という、いわゆる“スモール・ラグジュアリー・ホテル”である。したがって、全体で、08年までに増加する新ホテルの客室は、1400室前後と予想され、数の上では1533室ある「ホテルニューオータニ東京」や1014室ある「帝国ホテル東京」1棟分に過ぎない。
だから、既存の国内ホテル業界は「十分、共存共栄できる」と楽観している。
ところが現実には、最高級とランク付けられていたホテル・カテゴリーの頂上に、新たな外資系超高級ホテルが次々と参入してくるわけで、既存ホテルは、建物や施設などのハード面の古さも手伝って、どうしても不利になり、料金も下げざるを得なくなる。しかし、その分をハードではなく、手厚いサービス・ソフトで補おうとしている。その結果、今後はサービス面でのより激しい競争が起こるだろう。
これまで日本のホテル業界は競争が激しくなると、客室料金を下げて対応してきた。しかし、大規模なリニューアルを行った直後だけに、既存の国内ホテルは、簡単に価格を下げるわけにはいかない。手厚いサービスで補うにせよ、国内の「御三家」でも、サービス競争の善し悪しで、競争から脱落するホテルが出てくると予想される。いずれにしても苦しい立場に追い込まれることは間違いない。一方、施設やサービスで国内ホテルを一時期リードしてきた、外資系の「新御三家」もピンチだ。これらの中には人材の流出もあり、近い将来、ブランドを変更するケースも出てくるかもしれない。
地方にも飛び火か、ホテル戦争
2006年に一時閉館した「キャピトル東急ホテル」が、10年に新館をオープンさせるまで、東京の高級ホテル戦争は続く。それ以後は、地方に展開され、名古屋、横浜にパーク・ハイアット。大阪にフォーシーズンズ。京都にアマン・リゾートとリッツ・カールトンが進出する予定で、東京の「2007年問題」が地方の主要都市に飛び火することになる。これに対し東京は、都心部に2軒目のリッツ・カールトンが建ち、ハイアットもビジネス向けのハイアット・リージェンシー・ブランドを都内に展開させると見られている。超高級の次は高級、中級ホテルに外資が進出してくるのだ。
短期的なサービス競争では対応できても、こうした長期的な波状攻撃となると、やはり国内勢は苦しくなる一方だ。既に白金台の「ラディソン都ホテル東京」が「シェラトン都ホテル東京」となり、赤坂の「東京全日空ホテル」は「ANAインターコンチネンタル東京」にブランド変更した。07年10月には、西新宿の「センチュリーハイアット東京」が「ハイアットリージェンシー東京」になる予定だ。今後も、その多くが、外資にブランド変更、もしくは身売りしていくことは避けられない。そして、ほんの一握りのホテルが生き残ることになるだろう。
しかし、ホテルを利用する側にとってはまさに「天国」。サービス競争の激化で、従来は高くて泊まれなかった高級ホテルが、さまざまな宿泊プランを出したり、あの手この手で利用客を獲得しようとしている。