「地面師とは、他人の土地の所有者になりすまして売却を持ちかけ、偽造書類を使って多額の金をだまし取る不動産詐欺を行う集団のことである――」
上記はNetflixで配信中のドラマシリーズ『地面師たち』各回の冒頭で流れるナレーションの一節。
2024年、このドラマシリーズは社会現象となりドラマ内のセリフ「もうええでしょう」が「『現代用語の基礎知識』選 2024ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に選出された。このドラマ並びに新庄耕さんの原作『地面師たち』(集英社文庫)による内容は、2017年に起こった「積水ハウス地面師詐欺事件」をモチーフにしたクライムサスペンス。原作小説は実際に行われていた‶なりすまし〟などの出来事をドラマチックに描き、地面師たちのダーティーだがスマートなやり口をフィクション化してベストセラーとなっている。原作者として映像化をどう見た? 最初は地面師を小説に描けるかどうか不安だった? あの強烈なキャラクターたちはどのようにして生まれたのか?……など。
大ヒット作の裏側に迫る!
- 新庄耕さん
あの有名なセリフは原作にはない!
――2024年のNetflixドラマ『地面師たち』は大反響を呼びました。この反響を原作者としてどのように受けとめていますか?
新庄 すごく運がよかったと思います。Netflixでの映像化が決まって、自分の作品が初めて映像化されるということもあって楽しみでした。でも、いろんな出版社の編集者さんに聞くと「Netflixで映像化されても原作本が売れるとは限らないですよ」と言われたんです。だから、自分の中であまり期待値を上げないようにはしていましたね。
実は撮影中の様子をNetflixのプロデューサーさんから聞いていました。たまたま訪れた居酒屋さんでばったり会って(笑)。そのプロデューサーさんいわく「作品のクオリティーは保証します」と。「いまの日本の映画・ドラマの環境において、これ以上のものは作れないと思います」とおっしゃっていたんです。とにかく、出来上がってくる映像のクオリティーがすごいんだと。編集段階では石野卓球さんの音楽がついてこれまたすごくいいと。なので、その言葉を信じて楽しみにしていました。
それで試写会に行って全7話を通しで観終わったら会場が「これはすごいぞ」という雰囲気でざわついていましたし、私もめちゃくちゃ面白かった。ただ、ここまでブームのようになることまでは予想していませんでした。おかげさまで原作も反響があって、ありがたいことです。
――ドラマ内のセリフ「もうええでしょう」が「『現代用語の基礎知識』選 2024年ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10にノミネートされたり、ドラマの一場面がネットミームになったりしていましたね。
新庄 ねぇ、自分でもびっくりですよ。流行語大賞にノミネートされたピエール瀧さん演じる後藤の「もうええでしょう」なんて原作にはないけど、ぴたっとはまっていましたね。思わず、「あれっ?書いたっけ」って自分の本で探しましたよ(笑)。
あと、ハリソン山中(地面師のリーダー)がこんなに話題になるなんて思ってもみなかったです。もちろん、それは映像化の力で、ハリソンを演じた豊川悦司さんの演技のすばらしさと監督の大根仁さんの演出の妙ですよね。ハリソンのセリフ「最もフィジカルで最もプリミティブでそして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます」ってそれも私、書いてないですからね(笑)。
ハリソン山中の原型がデビュー作に?
――ハリソン山中はいままでの新庄さんの作品には登場してこなかったキャラクターだと思います。
新庄『地面師たち』を書き始めるとき担当編集者に提案されたのは『オーシャンズ11』のような犯罪者集団として地面師を書くことでした。でも、いまの日本社会の中でオーシャンズ11のようなかっこいいポップな犯罪集団はどうも受け入れがたい気がしたんです。
この作品で私が一番書きたい人物は主人公の拓海というキャラクターでした。ある暗い過去をひきずってダークサイドに堕ちていくような人を書きたかった。拓海になら自分も感情移入をしながら書けると思ったんです。それに対比して、もともと光の側にいた拓海が心を許す悪人ってどういう存在だろうと考えてハリソン山中が出てきました。それは、いわゆる〝反社〟みたいなステレオタイプの悪人ではなく、もっとわけがわからない奴だろうと。それで、サイコキラーのような極端な悪のキャラクターに設定したんです。とある実際の事件で捕まった犯人のこともイメージにありました。その人物は頭がよく、他人を洗脳する術を心得ているうえ、弁が立ちすぎるあまり法廷で笑いを取るというのを何かで見たんです。そこからジェントルな語り口で話すハリソンのキャラクターを思いつきました。とにかく、ハリソンは拓海との対比でできたキャラクターなんです。
ちなみに、小説の連載を始める前に居酒屋で担当編集者と作戦会議をしたんです。ある程度終わって、酒飲みながら「この小説が映像化されたら拓海は誰がいいと思う?」って私が担当編集者に聞いたら「綾野剛さんですよ」って言っていたんです。それから綾野さんが出演した映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を観たりしたんですよ。だから、無自覚のうちに拓海は綾野さんのイメージで書いていたかもしれませんね。綾野さんご本人にもこのことをお伝えしたら、とても喜んでくださいました(笑)。
――それで言えば新庄さんのデビュー作、不動産会社の営業マンを描く『狭小邸宅』(集英社文庫)の主人公の松尾が務める不動産屋の上司に豊川課長がいます。これは豊川悦司さんがモデルではないですか?
新庄 そうです。豊川課長は、豊川さんとアル・パチーノを混ぜたようなイメージがありました。常に落ち着き払って感情を表に出さないような人物として描きましたね。
――『狭小邸宅』の松尾と豊川課長の関係は、『地面師たち』の拓海とハリソンの関係に似ています。さらに、松尾が物件を売る場面の緊迫感は、地面師と不動産会社が土地の所有権を契約する決済のシーンと重なるように読めます。
新庄 ああ、ほんとですね。初めて指摘されました。そういえば松尾と拓海が重なるし、豊川課長はハリソンの原型でもあったのか。そんなハリソンをドラマで豊川さんが演じているのが面白いですね(笑)。『狭小邸宅』の松尾がお客さんに土地購入を急がせるために、他のお客さんから電話があったように演技する場面はあの小説の山場でした。たしかに『地面師たち』の決済のシーンに似てるかも。