「セックス(性交)」とはそもそも何なのか、考えてみたことはあるだろうか。『日本大百科全書』(小学館)では、「性交」の項の冒頭は「性交は生殖、すなわち精子と卵子が結合するために行われる交わりをいうが、ヒトでは陰茎を腟に挿入し精子を放出することをさす。」となっている。「腟(ちつ)に挿入・射精する」のがセックスだというなら、「オーラルセックス」(口腔性交)、「アナルセックス」(肛門性交)、あるいは電話やインターネットを介して行うセックス(テレフォンセックス、オンラインセックスなど)はセックスではないのだろうか。また、最近ではマスターベーション(オナニー、自慰)のことを「ソロセックス」と呼ぶこともあるなど、セックスか否かの境界線はなかなか見えにくい。さらに、性の健康世界学会(WAS)学術委員で産婦人科医、セックスセラピストの早乙女智子医師は、「不妊治療技術の発達やコロナ禍で従来の『セックス』の定義は大きく揺らぎつつある」と話す。いったいどういうことなのか、「セックス」の定義をめぐる近年の動きも含めてうかがった。
「セックス」の定義が揺らいでいる
セックスはもともと、生殖器を使って子をつくる行為であり、かつてはセックスとはイコール「生殖行為」と捉えられていました。
しかし、ここ数十年の生殖補助医療(不妊治療)技術の進歩と性の多様化によって、「セックス=生殖行為」という定義は大きく揺らいでいると言えるでしょう。体外受精児は近年増加傾向にあり、産婦人科医として患者さんに接する中で、生殖におけるセックスへの期待度は年々下がっており、子どもを授かるには自然妊娠より生殖補助医療を選ぶという考え方が強まっていると感じます。ちなみに、日本産科婦人科学会などでは不妊の定義を「通常の夫婦生活を1年続けて妊娠しない」としているのですが、ここでいう「通常の夫婦生活」とはかなり昔の感覚で、産婦人科医たちは「週2~3回セックスしている」という状態を想定しています。けれども、今不妊治療を求める人は、厳密にはこの定義を満たしていないケースが多いように思います。
また、同性カップルのセックスは、そもそも生殖の要素がないところで成り立っています。「セックス=生殖行為」とするならば、オーラルセックスやアナルセックスなど腟に挿入・射精しないセックスはすべて「セックス」ではないということになってしまうでしょう。では、生殖と結びつかないセックスの場合、何をもって「セックス」と呼ばれているのでしょうか。
一般的に、セックスの定義は「挿入・射精を伴う性行為」とされています。オーラルセックス、アナルセックスも、挿入・射精を前提に、「セックス」と呼ばれてきました。つまり、セックスの定義で重視されてきたのは、腟や口といった「挿入する場所」ではなく、「挿入して射精すること」なのです。挿入・射精は男性器に属する行為ですから、そもそもセックスの定義自体が男性主体に考えられていた=ジェンダー化されていたということに気付かされます。