2月15日からWOWOWとLeminoで放送、配信が開始された連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」。そこに中国史監修者として関わる小島毅氏に、そもそも『水滸伝』とはどういう物語なのか、その原本と北方『水滸伝』、さらに今回のドラマとの違いなどを語っていただいた。
中国の古典文学としては『三国志演義』が有名だが、小島氏はだんぜん『水滸伝』推しであるという。その魅力とは?

連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」
毎週日曜午後10:00より放送・配信中 放送:WOWOW、配信:WOWOWオンデマンド、Lemino
『水滸伝』とは
“頭ひとつ、出ていた。/人の波の中である。しかもその頭は剃髪(ていはつ)し、陽(ひ)に焼けて赤銅色に輝いていた。” (北方謙三『水滸伝』集英社文庫、2006年)
北方謙三『水滸伝(すいこでん)』はこんな書き出しで始まる。スキンヘッドの長身の人物は魯智深(ろちしん)、彼を見ている視線の主(ぬし)の名は王進(おうしん)という。この小説は、集英社文庫で全19巻の一大巨編である。『替天行道(たいてんぎょうどう)――北方水滸伝読本』と題する別巻もある。これを原作として、WOWOWとLeminoでドラマ「北方謙三 水滸伝」が2026年2月15日から始まった(毎週日曜夜10時放送。WOWOWオンデマンドとLeminoでも配信)。
『水滸伝』はもともと中国の小説。作者は施耐庵(したいあん)という14世紀の人だと伝わるが真相不明である。確実なのは17世紀に現在のかたちになって出版されたということだ。『三国志演義』・『西遊記』・『金瓶梅(きんぺいばい)』とならんで四大奇書とされ、白話(はくわ)小説(口語で書かれた小説)の傑作である。長編なため章や回で区切られるので、章回(しょうかい)小説ともいう。
日本に伝わると江戸時代には翻訳が出版されて広まり、さらにその筋書きをまねして舞台を日本に移した『本朝水滸伝』のような小説も書かれた(翻案〈ほんあん〉小説という)。最も有名なのが曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』である。
原本『水滸伝』は12世紀はじめに実在した宋江(そうこう)を主人公に、おおぜいの架空の人物、ひとくせもふたくせもある計108人が、梁山泊(りょうざんぱく)という要害の地につどって腐敗堕落した役人たちと闘う筋書きで、対する政府高官の蔡京(さいけい)・童貫(どうかん)・高俅(こうきゅう)らは実在の人物だ。後半には、時の皇帝徽宗(きそう。在位1100~1125)も現れる。
北方『水滸伝』では冒頭から登場する魯智深も108人のひとり。ところが原本『水滸伝』では序盤でけっこう活躍する王進は梁山泊には行かず、その数にはいっていない。また宋江と並んで前半の首領としてふるまう晁蓋(ちょうがい)も途中で死んでしまうため、108人に含まれない。逆に、ほんの端役として描かれるだけなのに108人につらなる者もいる。『水滸伝』は全100回のかたちが基本だが、第71回でこの108人が一堂に勢ぞろいしてクライマックスを迎えるため、ここで物語を打ち切るバージョンも作られた。終盤に20回分を足した120回構成のものもある。
108は仏教で煩悩の数であるように、古来神聖な数とされていた。梁山泊の豪傑たちは序列順に天罡星(てんこうせい)36人と地煞星(ちさつせい)72人からなる。そして第1回で、なぜ108人なのかが語られている。
時は徽宗の4代前の皇帝仁宗(じんそう)の嘉祐(かゆう)3年(1058)、天候不順による飢饉(ききん)を心配した仁宗が大臣范仲淹(はんちゅうえん。実在した名宰相)の提案によって道教の尊師を都に招くため使者を派遣する。ところがこの使者が目的地の道観(道教の寺院)でそこに捕らえられていた108の魔物を逃がしてしまう事件を起こす。その魔物たちが人の姿で生まれ変わったのが梁山泊の豪傑たちだった。つまり、彼らが一堂に集まったのは晁蓋や宋江による人為的努力の結果ではなく、前世からの宿命だというわけである(晁蓋はそこにもういないのだが……)。
この原本『水滸伝』では王進が高俅にいじめられて都を離れるところから始まり、彼が偶然立ち寄った屋敷の跡取り息子史進(ししん)の活躍譚になり、つづいて史進が旅の途中で出会った魯智深(まだ出家する前で軍人)へと話が移り、次に彼が知り合った林冲(りんちゅう)、そして楊志(ようし)に引き継がれるというふうに、主役が次々交代するかたちで語り継がれていく。これは『水滸伝』の成立過程に由来するもので、宋江を核にできた話にいわばスピンオフがいろいろ派生して現在のかたちに膨れ上がっていったのだ。