経済成長は2009年も減速の可能性
2008年7月、IMF(国際通貨基金)は、世界経済予測の最新版を発表した。アジアの個別国・地域について見てみると、07年、08年、09年のGDP成長率の実績と予測は、中国が11.9%、9.7%、9.8%、インドが9.3%、8.0%、8.0%、ASEAN(東南アジア諸国連合)5カ国(シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ブルネイ)が6.3%、5.6%、5.9%となっている。また、同予測では、燃料および商品価格の上昇により、特に新興および発展途上国・地域では、インフレ圧力が増大しつつあることも指摘している。08年9月のアジア開発銀行の予測では、09年のアジア経済のGDP成長率は7.8%から7.2%に下方修正されている。インフレと生活への影響
インフレとは、インフレーション(Inflation)の略称で、経済全体で見た需要と供給のバランスが崩れ、物価が上昇する現象を指す。現在アジアでは、原材料価格の上昇によるコストインフレと、原油や商品の輸入を通じて国内に波及する輸入インフレによる圧力にさらされている。特に多くのアジア諸国では、財政悪化の懸念からこれまで実施してきた公共料金や燃料価格への補助金を削減し、または打ち切る方向にあることも、インフレ圧力に拍車をかけている。インフレによる物価上昇は、一般市民の生活を苦しくする。特にアジア諸国では、家計の消費支出に占める飲食費の割合であるエンゲル係数が高く、食料価格の上昇は家計を圧迫する。また、燃料価格や公共料金の上昇は、市民の足としての二輪車や公共バスの利用に支障をきたす。さらにインフレは、自国通貨の価値を減少させ、資本流出を招き、自国通貨安が一層輸入物価を上昇させるという悪循環も招く。このため、インフレは単なる経済問題に留まらず、政府への抗議やデモといった政治問題や社会不安を招きかねない。
物価を安定させるためには、金融政策を発動し、金利を引き上げ、民間投資(設備投資)に影響を与え、経済成長のペースを抑える必要がある。ただし、経済成長のペースを抑え過ぎると、企業収益が悪化し、消費も落ち込み、雇用・失業問題が発生するというジレンマもある。上述のIMF予測もこの点を指摘し、政策当局者はインフレ圧力の緩和を最優先課題としながらも経済成長のリスクにも配慮する必要があり、同時に食糧配給など貧困層向けの社会政策も講ずる必要があるとしている。
アジア諸国の対応
このようなインフレ圧力の下で、アジア各国の金融当局は、政策金利の引き上げ等による引き締めに動いている。今後の原油価格や商品価格の動向次第ではあるが、引き締めの効果は08年後半以降に表れることになろう。インフレ圧力の下での自国通貨安が資本流出、輸入インフレを招く事態に対しては、例えば韓国のように、金融当局による自国通貨買い・ドル売りの為替介入も試みられている。為替介入発動の際には、ドル売りの原資となる外貨準備を中央銀行が十分に保有しておく必要がある。1997年7月にタイから始まったアジア通貨危機では、金融当局が為替介入に十分な外貨準備を有していなかったことから、さらなる資本流出と自国通貨安を招き、危機を悪化させたが、現在ではアジア各国は十分な外貨準備を積み上げてきている。例えば2008年8月末の韓国の外貨準備は約2400億ドルと1997年末の10倍以上の水準となっている。また、チェンマイ・イニシアチブに基づく各国の中央銀行間で外貨を融通する仕組み、いわゆる「通貨スワップ協定」によるセーフティーネットが構築されていることもアジア通貨危機時との大きな違いである。アジア地域の二国間通貨スワップは、13カ国、総計830億ドルに達している。このため、10年前のようなアジア通貨危機の再来の可能性は低いと予想されている。
通貨危機から10年の証券市場
インフレ抑制に伴う経済成長の減速(各国政府も目標成長率を下方修正中)は、株式市場にも及んでいる。例えば、中国の上海総合指数は、2005年末の1161ポイントから07年10月16日には史上最高値6124.04ポイントにまで上昇したが、08年9月16日には2000ポイントを割る水準にまで下落している。中国のGDP成長率は、07年第2四半期(4~6月)の11.9%をピークに下落し始めているが、07年10月の党大会を機に引き締めが強化されたことが、株式市場の低迷に拍車をかけている。08年第2四半期(4~6月)のGDPは10.1%に下落し、中小企業や輸出産業への影響が深刻化し始めたことから、同年7月下旬の政治局会議では、マクロ経済運営の目標を従来の「経済過熱とインフレ昂進の防止」(双防)から「安定的かつ比較的早い経済成長の維持とインフレ昂進の抑制」(一保一控)に転換することが決定された。さらに、08年9月16日には、02年2月以来、6年7カ月振りに貸出基準金利の引き下げが実施された。中国以外のアジアでもインフレ抑制と経済成長のバランスに配慮したマクロ経済運営が出始めているが、やはり鍵を握るのは輸出先としてのアメリカの景気回復であり、その意味でアメリカの金融危機の行方が注視されている。短期的にアジアの株式市場は弱含みで推移していくかもしれないが、通貨危機から10年経過したアジアの証券市場は確実に変化している。従来、先進国と比較して、アジア地域の経済規模に対する証券市場の割合は小さいとされてきたが、通貨危機から10年を経て、その割合は着実に増加してきている。間接金融が中心のアジアの金融システムでは、資本市場にアクセスできていない資金調達者もまだまだ多い。資金運用者としても資本市場での運用ニーズは高く、今後もその重要性は変わらないだろう。今後もアジアの証券市場の変化に注目していく必要があろう。