「将来見通し」が意思決定を左右
金融市場的な動きはこの一例にとどまらず、今後も様々なところで観察されるようになるだろう。なぜならリーマン・ショック後、経済に対する企業、個人の考え方が、金融市場的なものに変わったからである。つまり、現在の消費や生産の意思決定に際して、資産の売買のように、現在の状況ではなく将来の見通しが決定要因のすべてとなった。将来の見通しが現在の価格に織り込まれる現象は金融市場の専売特許ではなくなり、個人の消費、投資行動を通じて、一般の消費財市場へも波及することになる。住宅なら、賃貸という選択肢が有力となり、マイホームを求めモデルルームを見て衝動買いなどというのはもはやあり得ず、結婚、出産という人生設計と、住宅市場の価格変動や金利からの買いどきを探り、それまでは賃貸で待つという投資的な考え方が主流になった。同様に、就職でも結婚でも子どもを持つことの選択でも、将来の見通しがすべてを左右するようになってきている。
回復軌道は緩やかな軌道に
しかもやっかいなことに、現状は危機後であるから、企業も個人も将来が明るいか暗いかによって、その将来見通しに対する現在の行動が非対称となっている。そしてこの傾向は長期化すると思われ、経済の回復はあったとしても非常に緩やかなものであり続けるだろう。すなわち、将来の見通しが悪くなれば、倒産や失業など最悪の事態に備えて、極めて防衛的な投資、消費行動に出る。一方、将来の見通しが明るくなっても、なかなか投資を増やしたり消費を増やしたりはしない。極めて慎重な行動パターンをとるようになった。この結果、今後の世界の経済見通しは、一般的に期待されているよりも、回復軌道に乗るのは難しくなると思われる。なぜなら、現在の回復は財政政策の大規模出動によりもたらされたもので、かつ、それが前述の在庫の急回復、生産急増によるものであるから、現在のペースは持続しない。
そして、世界的なエコカー購入補助金・減税などによる消費の増加は、リーマン・ショックによる買い控えや、将来の購入の前倒しによるものに過ぎないから、政策を打ち切ると同時に大きく落ち込むと思われる。また、継続したとしても前倒しの需要には限りがあるから、効果は限定的と思われる。
「消費」と「雇用」に注目
では、今後の経済のキーとなるものは何か。それは雇用と個人消費である。これらは経済活動のすべての素であり、消費が伸びるから企業は生産をし、そのために雇用を増やし投資をする。その結果、企業の利益が伸び、株式などの資産市場も盛り上がる。今後は、政策効果がどのくらい持続するか、不動産市場がどうか、住宅市場がどうか、為替がどうか、様々な変化が起こるが、このような大きな変化の時代は、素の素、源をよく観察することがすべてとなる。それは個人の消費であり、個人の消費は将来への安心感から生まれ、それは雇用が決定するからである。
生き、社会とつながるための「雇用」
雇用が重要な理由は二つある。第一に、雇用は経済的な源泉であるだけでなく、自己と社会とのつながりの基盤である。これが失われると社会に対する信頼がなくなり、将来に対する悲観が増加する。消費は大きく落ち込み、社会も暗くなり、投資も減少する。そして、第二に、雇用は今を生きるのに必須だからだ。前述のように、経済全体が資産市場化し、金融市場的な動きをするようになり、将来への期待、不安がすべてを支配するとなると、むしろ、現在が重要になってくる。資産価格は、将来のちょっとした不安で大きく下落するし、逆に不安が減ると一気に回復するが、持続するかどうかはわからない。したがって保有資産の価値が増加しても、それは消費につながらない。将来はあまりに不透明すぎて、危機の後では将来の見通しが現在への継続的な支えにならないのだ。
逆説的だが、そのようなときに確実だと言えるものは、今、目の前にあるものだけなのであり、雇用されている、継続的に安定した収入がある、継続的に社会に必要とされている、という事実である。このことは、自己の経済的な意思決定として、何より支えになるのである。
今後の経済においては雇用が鍵を握り、それが消費に結びつき経済全体を支えるのである。政府の雇用創出政策に注目が必要だ。