経営努力を怠ってきた東京電力
まず、日本の電力料金は今でも世界一高い。電力会社はずっと低下させてきたと強調するが、それでも税金等を除いた実質価格でみると、同じように燃料のほとんどを輸入に頼っているヨーロッパの国、ドイツやイタリアなどと比べてもかなりの割高だ。これについて、よく言い訳にされるのが「日本は島国だから他国と電力網を接続できないし、天然ガスを液化してLNGタンカーで輸入しなければならないので効率が悪くなる」という説明だ。しかし、サハリンからパイプラインを通して天然ガスを気体として輸入する方法は、かなり前から技術的にも経済的にも可能だといわれているのに、計画に反対してきたのは電力会社である。また「自前主義」により、日本は9つの電力会社ごとに基本的な設備や機器ですらスペックが異なり、割高な調達価格が放置されてきた。
つまり、電力会社はこれまで安い電力を供給するための努力を怠ってきた。独占企業の独占料金に対して、政府が十分な査定を行ってこなかった責任も大きい。これらの点を十分に改善せずに一方的に値上げを主張されても、簡単には納得できない消費者も多いのではないか。
さらに、電力会社の中で東京電力だけが値上げを申請している点も注意が必要である。3.11以前の原子力発電比率は東京電力が約23%であったのに対し、関西電力は約48%と2倍以上だ。その他、北海道電力、北陸電力、四国電力、九州電力も東京電力を大きく上回る。したがって、原発停止後の燃料コスト増による負担が大きいのはこれらの電力会社のほうであるにもかかわらず、まだ申請は行っていない。東京電力は、原発事故関連の費用は含めていない、燃料コストの上昇分だけだというが、間接的には事故対応により財務状況が悪化したため、値上げをせざるを得なかったと言えるのではないか。
電力以外の分野では、仕入れ費の上昇を販売価格に転嫁できない企業は多く、みんなぎりぎりの経営努力を続けてがんばっている。それだけに、東京電力の値上げに反論したくなる国民感情はよくわかる。
利益の9割は家庭向けから
なぜ東京電力が経営努力を怠ってきたのか? その理由はやはり、競争圧力がなかったからであろう。日本の電力会社は、いわゆる「9電力体制」のもと、それぞれ与えられた地域で独占的に事業を行うことが長らく許されてきた。独占であれば、総括原価方式のもとで自動的に利益が保証されるため、それ以上の経営努力をするインセンティブが働かない。しかし、電力料金の内外価格差や電力会社の高コスト体質への批判などから、電力自由化を促す議論が始まり、1995年には電力会社へ電気を売る独立系発電事業者(IPP)の新規参入が可能になる(第一次電力自由化)。続いて2000年には発電と小売りを行う特定規模電気事業者(PPS 新電力)制度が導入され、新規の事業者が大規模ユーザー(企業などの大口需要家)に電力を小売りできるようになった(第二次電力自由化)。そして03年以降、小売り自由化の範囲が大規模ユーザーから段階的に拡大され(第三次電力自由化)、05年には50キロワット以上までが対象となった。
この流れだけをみると日本の電力市場では競争が進んでいるように思えるが、実際はそうではない。数字の上では電力市場のうちの約3分の2が開放されたわけだが、この自由化市場における新電力のシェアはわずか3.5%ほどに過ぎない。
新電力のシェアが伸び悩んでいるのは、既存の電力会社との力の差がありすぎるからだ。言ってみればアリとゾウの戦いのようなもので、自由化しただけでは公正な競争は期待できない。一般的に自由化には競争促進政策が伴うものだが、政府がそれを怠ってきたため、ゾウを利するような状況すら生まれている。
たとえば東京電力は利益の9割を家庭などの小口ユーザー向けのビジネスであげている。ここは自由化されていない残り3分の1の市場だ。つまり、新電力との競争がある大口需要家向けの商売では利幅を大きく削る値引き販売で優位に立ち、一方、新電力が参入できず独占的に販売できる家庭向け電力で収益を確保してきたわけだ。東京電力は、大口需要家向け電力のコストに占める燃料費の割合が高いため、近年の燃料費高騰の影響を受けたやむを得ない結果だという。しかし、小口9割・大口1割という数字は過去5年間の平均であるため、料金格差を改善する余地はあったのではないか。
発送電分離で電力の安定供給を!
競争促進政策にはさまざまなものがあるが、最も重要なのが「発送電分離」だ。これまで自由化されたのは発電分野と小売り分野であり、今後も送電分野は独占のままである。このため、新電力が新たにビジネスを始めても、発送電一貫の電力会社の送電設備を使わざるを得ず、接続に当たってさまざまな制約を受けている。したがって送電網の所有や運用を既存の電力会社から分け、もっと自由に利用できるようにしようという考え方だ。発送電分離は副次的な効果も生む。現在は、発送電一貫であるとともに地域独占であるため、送電網の広域運用が進まない。しかし発送電分離がなされれば、送電会社は発電部門の利害に左右されず、規模の経済性などの送電の論理から、ネットワークの拡大を追求する。すなわち、細い送電網を太くするとともに、広い地域にわたって需給調整を行うようになる。送電会社の統合も起きるはずだ。再生エネルギーは出力が不安定なため無制限に送電網に接続できないが、広域運用はこれを容易にする。
今、電力会社の私的所有物である送電設備を分離するのは簡単ではないが、政府が本気で発送電分離を推進し、世論もそれを後押しすれば不可能ではない。実際にドイツでは、民間企業である電力会社が送電網の売却に応じた。そういう意味では、今回の料金値上げに対する国民的な議論の高まりは一つの突破口になるかもしれない。また、東京電力が事実上、国有化されるのを機会に、政府が株主権限として送電部門の分離を図る方法もある。
電力の自由化が進むと供給が不安定になり、停電が頻発すると心配する人がいるが、諸外国の例をみる限り、そんなことはない。たとえば、よく引き合いに出されるのが2000年に起きたカリフォルニアの電力危機だが、このとき停電が頻発した理由は自由化や発送電分離ではなく、市場設計の不備であった。その証拠に、カリフォルニアでは今でも発送電分離が維持されているし、同様の施策は今や世界各国で行われている。
電力自由化による効果として電力料金の値下げを期待する声が多いが、私はむしろ電力の安定供給に貢献できると考えている。東日本大震災で明らかになったのは、電力の安定供給のためといわれてきた発送電一貫と地域独占体制が、実は電力供給を不安定にしたという現実だ。3.11後の計画停電において、西日本では電力が余っていたのに、東日本へ十分に送れなかった。ネットワークの力を生かさず、地域別に電力会社のみが需給調整に責任を持つ仕組みは、実は非常に脆弱(ぜいじゃく)だったのだ。
私たちは半世紀以上前から続く旧態依然とした電力システムのまま3.11を迎えてしまった。そのため、多くの被害を受けた。これは大きな不幸だが、いちばんいけないのは失敗を教訓にしないことだ。今回の反省をもとに、もっと安定し、かつ民主的な電力システムを築き上げなければならない。問題の本質は、電力会社の短期的な経営維持のための電気料金値上げではない。