なお増幅する金融危機のリスク
2010年秋、ギリシャの財政問題が表面化して以降、ユーロ圏の信用不安の波はアイルランド、ポルトガルへと連鎖し、最近ではスペインやイタリアなどの諸国にまで広がっている。その間、信用不安問題に対処するため、欧州中央銀行(ECB)は欧州金融安定基金(EFSF)などを創設し事態の鎮静化に努めてきた。それに加えて、国際通貨基金(IMF)も、ユーロ諸国と協力して積極的に対応策を打ってきた。
ところがユーロ諸国やIMFの対応策にもかかわらず、今のところ信用不安問題の鎮静化の道筋が見えていない。それどころか、スペイン、イタリアの今後の展開によっては、ユーロの体制崩壊や世界的な金融危機のリスクはむしろ増幅されているとの見方が有力だ。
本源的な問題をはらむユーロの仕組み
17カ国が加盟するユーロの仕組みは、本源的な問題を抱えている。それは、加盟17カ国の間に経済状況や文化的な違いがあるにもかかわらず、単一の金融政策及び単一の通貨=ユーロによって経済運営されていることだ。ドイツなど強力な経済力を持つ国と、ギリシャなど目立った産業の乏しい国を、単一の金融政策・通貨によって運営することに無理がある。
強いドイツなどは統一通貨などの恩恵によって、ユーロ圏に対する輸出を増やすことができる。ドイツからユーロ圏諸国に輸出する場合には、為替変動のリスクがなく関税もかからないからだ。しかも、ユーロ安の影響でユーロ圏以外への輸出も増える。その結果、ドイツの輸出は増加し、貿易収支の黒字幅が増え、それが貯蓄となって国内に蓄積する。一方、ギリシャなどの国では輸入が増え貿易収支は赤字となり、その赤字を埋めるために借金=国債が増加することになる。一部の国に着実に貯蓄がたまり、一部の国では借金が雪だるまのように膨らむ。早晩、その借金は、返済できない程積み上がることは明らかだ。信用不安問題が顕在化するのは、むしろ当然と言える。
単一の金融政策に無理があったとしても、たとえば、ユーロ圏内で財政も統一されていれば、貯蓄が蓄積する国から、借金が増大する国に対して公共投資などの格好で所得移転を行うことができる。ところが、現在のユーロの仕組みでは、財政に関しては17の独立した国が残っている。ドイツやオランダなどの税収で、ギリシャやポルトガルなどの国を支援し続けることには限界がある。
信用不安の拡大と対応策
ギリシャの財政不安問題が表面化したのは10年秋のことだった。ギリシャ政府が、債務残高について虚偽の報告をしていたことが発覚し、国債の返済能力について疑義が生じたのである。それに伴い、ギリシャの国債価格は大きく低下し、事実上、ギリシャは新規の国債発行ができなくなった。
それに対して、ユーロ諸国は条件付きでギリシャを支援する姿勢を示し、IMFも加わってギリシャ救済スキームが本格化した。ところが、ギリシャ経済の落ち込みが予想以上の速度で進んだことに加えて、ギリシャ国民の財政支出削減に対する反発もあり、ギリシャの財政再建は当初期待されたようには進まなかった。そうした状況下、世界的な不動産バブルの崩壊による景気低迷などの影響もあり、ギリシャに次いでアイルランドやポルトガルの財政状況にも懸念が発生した。それらの国債が大きく売り込まれ信用不安の波が押し寄せることになり、さらにはスペインやイタリアにまでその波が拡大することも懸念されている。
それに対してユーロ諸国は、ギリシャなどの資金繰りを助けるために資金を支援すると同時に、EFSFの創設などによって信用不安の鎮静化に努めてきた。また、ECBは積極的に金融緩和策を実施することによって、ユーロ圏の金融機関の健全性を維持すると同時に、ギリシャやポルトガルなどの諸国への資金供給を続けている。具体的には、11年12月以降、ECBがユーロ圏諸国が発行する国債を1兆ユーロ以上を買い上げることで、大量の流動性を供給する方策を実施してきた。
一部加盟国に離脱の可能性も
ユーロ圏諸国やECBさらにはIMFの積極的な支援によって、ユーロ圏の信用問題は一時的に落ち着きを取り戻す局面はあったものの、金融市場での信用不安懸念がすべて払しょくされたわけではない。
そこには主に二つの理由がある。一つは、単一の金融政策と国ごとに違う財政政策という、ユーロが抱える本源的な問題が解決されていないことだ。ユーロ圏を維持するためには、ユーロ圏諸国の経済状態を平準化するか、それができなければ、貯蓄が蓄積する国から借金が増大する国に対して所得移転を続けることが必要になる。ところが、ギリシャやポルトガルなどの経済状況を見ると、ユーロ圏内の経済状況を平準化させることは短期的には不可能に近い。
一方、ドイツやオランダなどは、ギリシャなどに対する支援を長期間継続しないとの姿勢を鮮明化している。ドイツの世論調査を見ても、7割近い国民が「支援を止めるべき」との意見に傾いている。そうした国民感情を無視して、ドイツなどが南欧諸国を支え続ける構図は描きにくい。
もう一つの問題は、ユーロ圏諸国の意見統一が難しいことだ。元々、北欧諸国と南欧諸国では経済的・文化的な土壌が大きく異なる。財政再建に対する国民の意識も違っている。それを同一の経済圏創設という目的意識だけで、つなぎ止めることは口で言うほど容易なことではない。ドイツなどで国民世論が支援に反対する方向に傾きつつある一方、スペインなどでは財政支出に反対するデモが盛り上がっていることからも明らかだ。
そうした状況を考えると、ECBがいくら流動性を注入して事態の鎮静化を図っても、それは単なる“時間稼ぎ”にしかならないとの見方がある。今後、ユーロ諸国が本当の意味で統一に向けての意思決定ができないと、一部加盟国の離脱などの事態に追い込まれる可能性は残っていると見るべきだろう。