さらに、タフツ大学の研究グループがそれまでの分析に用いられていた一般均衡モデルを批判し、同時に労働と雇用の側面を重視して現実的なTPP動態効果を分析したところ、なんとGDPは10年間でアメリカで0.54%の減少、雇用喪失45万人、日本においてすらGDPは0.12%の減少、約7万人の雇用喪失につながるというマイナスの結果が明白になった(16年1月)。
アメリカでのTPP協定批准プロセスにおいて、公式の判断材料として議会に提示される国際貿易委員会(ITC)の報告(16年5月)でも、32年までにアメリカのGDP増加は0.15%に過ぎず、ほとんど経済効果がないことが明らかになり、議会・産業界の賛成派を落胆させた。
オバマ政権は当初、このTPPを中国封じ込めの外交戦略と一体化させることを嫌がった。それは産業界に中国との貿易拡大を望む勢力が強く、むしろTPP早期成立を中国参加の誘い水とする意見もあったからである。しかし、TPPの経済効果がきわめて乏しいことが明らかになり、オバマ政権も以後は中国のアジア太平洋圏での覇権阻止や、安全保障上のメリットばかりを強調するようになった。
ただ日本政府だけは、TPPの経済効果を極端に楽観的な数字で示し早期批准を求めた。15年12月に内閣官房は、関税貿易一般協定(GATT)のウルグアイラウンドなどでも使われた国際貿易影響分析の一般均衡モデルである「GTAPモデル」で計算し、GDPで2.6%、約14兆円、雇用80万人の増加が見込めると公表した。
前述のタフツ大の研究レポートの共同執筆者の一人であるジョモ・スンダラム教授が16年5月に来日し、講演したときに、内閣官房報告を初めて知って、この数字に驚き、その根拠と英訳を求めたが、その場にいた内閣官房の担当官僚は「これはあくまで日本国民に説明するためのもので、国際社会に説明する必要はないから英訳は存在しない」と答え、会場を唖然とさせた。
日本では批准前のTPPだが、すでに発効しているも同然
(3)アメリカの狙う投資と流通の自由化安倍政権は今国会で批准まで持ち込むと意気込むが、肝心のアメリカが批准の目途がつかない状況であるため、現在、TPP協定の発効は容易に見通せない状態となっている。しかしながら、その一方で、あたかもTPP協定が発効したかのごとく、日本側ではつぎつぎと規制緩和策が打たれ、法律が改正され、外国企業が日本市場に参入し、経営陣・業界幹部・公的審議機関委員などに外国企業の関係者が入り込むようになった。これは実は、日本が13年にTPP交渉参加にあたって合意したアメリカとの並行協議によるものだ。TPP自体の成立が危ぶまれるような状況でも、その付録の二国間協定はすでに発効しているのだ。
この段階で明らかになったのは、サプライチェーン(供給連鎖)問題と、バリューチェーン(価値連鎖)問題、すなわち日本国内の徹底した規制緩和等による物流の自由化であり、空港・地下鉄など交通インフラや水道など社会インフラへの外資参入である。これは実はアメリカは当初から明言していたことで、別にその意図を隠蔽していたわけではない。日米交渉では、日本側の軽自動車優遇、諸官庁・自治体の規制、自動車会社の系列ディーラー制などがアメリカ側から改善要求として突きつけられてきたが、いまやこうした問題も順次アメリカの主張に沿いつつある。
日本政府が勝手に、TPPは農業関税問題だと矮小化して議論を誘導し、こうした巨大リスクの脅威を議員、関係業界、国民に伝えなかっただけである。いまや物流や各地での社会インフラ、公共事業への外資参入が一挙に加速しはじめている。
TPPで自滅する日本型産業社会 (3)(後編)へ続く。