これらのほかにも、カザフスタンの国営企業が手掛けるウラン開発事業への出資、WHを通じた中国やインドでの原発建設……等々、東芝は政府が掲げる「国際展開」の先陣を切って突っ走ってきた。しかし、64基受注どころか、資産を失い、会社を縮小する結果に終わった。
・底なし沼のリスクから逃れた日立
日立は今年1月、英国のウェールズ地方で進めてきた原発建設プロジェクトを断念した。このプロジェクトの運営会社・ホライズンを日立がドイツ企業から買収したのは2012年である。ホライズン社もまた、福島原発事故を受けて売りに出されていた。買収額は6億9700万ポンド(約890億円)。日立‐GEがABWR2基を供給する予定だった。
英国の新規原発計画は、受注者は原発を建設するだけでなく、発電事業も担う方式となっている。つまり投入した資金を電気料金で回収するのである。当初、総事業費は最大2兆円と見積もられていた。ところが、福島原発事故後に強化された安全対策への対応などのために3兆円超に増大。英国政府は電力の買い取り価格として、現在の市場価格の1.5倍を提示したが、それでも採算は取れそうになかった。こうした資金回収リスクもさることながら、発電事業者になるということは、事故の賠償責任を問われることを意味する。
このプロジェクトには英国政府が2兆円、日本政府は1兆円の融資を承諾していた。日本政府は政府系の国際協力銀行に加え、民間銀行からも融資を引き出そうと、民間分については、政府100パーセント出資の日本貿易保険が融資全額を債務保証する方針だった。もし日立が返済不能になった場合、最終的には国が――ということは納税者が、債務を肩代わりすることになっただろう。
しかし、これだけ手厚い優遇措置が施されても、原発輸出が内包する底なし沼のリスクには対応しきれない。日立はすでに3000億円をこの事業につぎ込んでいたが、東芝の二の舞いになる前に“凍結”を選択した。この案件のほかに、2012年にリトアニアから受注した原発建設計画も立ち往生したままとなっている。どちらも復活の可能性は否定できないが、日立がそれを請け負うことは、まずないだろう。
・「経済合理性」で判断した三菱重工
三菱重工は、同社と仏・アレバ社(現・フランス電力)との合弁会社が新たに開発した加圧水型原子炉・アトメア1(ATMEA1)で国際展開を狙った。いくつかの案件のうち契約に至ったのが、トルコのシノップ原発プロジェクトである。2013年、安倍首相とトルコのエルドアン首相(現・大統領)が首脳会談で合意し、両政府間で協力協定が結ばれた。
事業主体は三菱重工など日仏企業とトルコ企業による国際共同企業体(コンソーシアム)で、日本の政府系金融などの融資により、アトメア1を4基建設する計画だった。総事業費は当初、2兆円規模と見込まれていた。ところが安全対策費の上昇やトルコ通貨の下落などが重なり、2018年には5兆円規模に高騰。この案件も売電事業で資金を回収する方式であるため、日本側はトルコ政府に電力販売価格の引き上げなどを求めた。しかし、交渉は難航。三菱重工は最終的に「経済合理性の範囲内で対応する」(宮永俊一社長)とした。事実上の撤退である。
トルコ以外では、ヨルダンとベトナムへの輸出が有望視されていた。しかし、ヨルダン初となる原発はロシアが契約を獲得し、ベトナムの案件は経済的理由などで白紙撤回された。アトメア1は開発開始から10年以上が経過しているが、これまでのところ世界のどこにも建設されていない。
三菱重工は、このアトメア1の開発や再処理事業などで仏・アレバ社と協力関係にあった。そのアレバ社は、仏国内とフィンランドで進めていた新規原発建設が大幅に遅れ、巨額の負債に苦しんでいた。仏政府はアレバ社を救済するため、同社グループ企業を再編して分社化するとともに、新会社への出資を国内外に求めた。三菱重工はそれに応じ2017年、原子炉製造を手掛ける新会社に約630億円、その翌年、核燃料サイクル事業を担う新会社に、日本原燃(青森県六ケ所村)とともに計600億円を出資――。いやはや、国策である原発輸出や再処理事業のパートナーを失わないように、経営不振が続く仏・原子力産業に1000億円もの資金を投じるというのは、東芝を窮地に追いやった米・原子力産業への出資を思い起こさせる。三菱重工は“東芝の轍”を踏むことになりはしないだろうか。
原発輸出政策はなぜ失敗したのか
ここからは輸出先――「原発先行国」(米国、英国)と「新規原発導入国」(トルコ)――に着目して、原発輸出政策が失敗した本質的な要因を探っていこう。
まず、「原発先行国」。長年にわたって原発を利用してきた米国や英国への輸出は、「新規原発導入国」に比べ、リスクが小さくてすむと考えられていた。では、なぜうまくいかなかったのか。
英国政府が提示した電力買い取り価格が示すように、原子力発電は高コストで市場競争力に劣り、さらに工期遅延、反対運動、訴訟、事故、核廃棄物といった様々なリスクを内包している。貸し倒れを恐れた金融界は、原発建設への投資を控えるようになり、その結果、両国では新設が途絶え、原子力産業は瀕死状態に陥っていた。つまり原発ビジネスが成り立たなくなっていたのである。そういう環境の中で、しかも福島原発事故後に、日本のメーカーが原発建設事業で利益を上げるのは、そもそも無理があった。
次に、「新規原発導入国」。トルコへの輸出は、日本側とトルコ側でコスト負担の折り合いがつかず破綻した。ところが、ロシアの国営原子力企業・ロスアトムがトルコから受注したアックユ原発のほうは、2018年に着工されている。両者の違いは何だったのか。
日本が“売り”にしたのは、「質の高い」技術である。しかし輸入側が求めているのは、好条件での投融資だ。ロスアトムはそうしたニーズに対応し、トルコをはじめエジプト、バングラデシュ、ヨルダン……といった「新規原発導入国」から受注を獲得している。原発輸出を実現するために、日本も政府系金融をもっと活用すべきとの主張もあるが、それには限界がある。日本が加盟する経済協力開発機構(OECD)は、公的輸出信用の供与に制限を設けているからだ。一方、ロシアはOECD加盟国ではないので、こうした制約を受けることなく、国家丸抱えで投融資や各種サービスを提供できる。
いずれにせよ、日本は原発輸出に公的資金を無制限に投入できるわけではない。そこで政府は、原発輸出を「成長戦略」の柱のひとつに据え、「儲かる」かのようなイメージを創り出し、民間投融資を呼び込もうとした。しかし民間は出資を敬遠した。損失リスクが大きすぎるからである。福島原発事故後は、なおさらだ。安倍政権の愚は、「世界最高水準の原子力技術」を売り文句に、よりによって福島原発事故後、原発輸出に拍車をかけたことだ。
以上をまとめると、原子力発電はコストが高く、ビジネスとして成立しなくなっている。そのため新規建設は損失リスクが大きすぎて、民間投融資が集まらない。この現実からすれば、日本の原発輸出政策は、失敗すべくして失敗したのである。
原発輸出をあきらめない安倍政権
それにしても、「原子力産業の国際展開」を達成するために官民が費やした金額は、いったいどれくらいに上るのだろう。三大原子力メーカーによる出資だけでも、少なくとも2兆円はくだらない。その大半は、じり貧となっていた米・英・仏の原子力産業に落とされた。日本の納税者にとって幸いだったのは、政府系金融が実際に金を出す前に、メーカーが海外原発事業から退却したことだ。
ところが安倍政権は、この期に及んでもなお、原発輸出政策を撤回しようとしない。理由はいくつか考えられるが、その一つを挙げておこう。
文部科学省が所管する日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)は、開発中の次世代炉の一つ「高温ガス炉」の輸出を計画している。輸出先として有力視されているのは、ポーランドだ。これは自主技術で開発した原子炉なので、米国からも、どの国からも牽制されることなく、日本単独で輸出できる。この自主技術の確立こそ、日本が原子力開発に着手した当初から目指していたものだ。原発輸出と自主技術の確立は、セットなのである。
「高温ガス炉」に話を戻すと、これまでのところ日本国内では研究炉の運転しか経験がない。研究段階の原子炉を輸出するというのは、他国で実証実験をやるようなもので疑問符が付く。まだ、具体化されてはいないが、両国間で合意されれば、政府系金融を通じて投融資が提供されることになるだろう。
日本の原発輸出計画は、白紙になったわけではないのである。