これまでは単一税率だったからそんな声も出てこなかったけれど、二段階の税率になるとなれば、自分たちの商品は税率をできるだけ低くしてもらいたいと考えるのは当然のことでしょう。
現状でも、さまざまな業界からの献金や働きかけが、税制の制度設計に影響をおよぼしています。それが、軽減税率の導入でさらに働きかけが活発になればどうなるか。当然、軽減税率適用と引き換えに選挙における組織票をちらつかせる業界が出てくるでしょう。「税制の優遇と引き換えに、票が動かされる」という、民主主義の根幹を揺るがすようなことが起こってしまうわけです。
本来なら、メディアがこうした危険性をもっと追及するべきでした。ところが、マスメディアの一翼を担うはずの新聞は、自分たちが軽減税率を適用されたいがために、いっさいその問題点を報道せず、むしろ必要性を煽ったのです。私も、新聞にコメントを求められたときなどに、何度も軽減税率の問題点を指摘したのですが、「新聞協会の方針」を理由にすべて削られてしまいました。
結果として、軽減税率の適用品目には、食料品などと並んで「週2回以上発行される新聞(定期購読のもの)」が入ることになりました。正義を追求するはずのメディアが、自分たちの利益のために報道を規制したわけで、これは新聞業界の歴史に残る失態ではないかと思います。
「弱い者にしわ寄せがいく」インボイス制度
また、軽減税率の導入に伴い、経過措置期間を経て2023年10月1日に正式スタートするのが「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」です。
事業者は、自分の売上げにかかる消費税を納付する際に、仕入れ時にかかった消費税分を差し引いて計算することができます。現状はその条件として、「取引の際の請求書や帳簿を保存しておくこと」が求められているのですが、インボイス制度導入後は、この「請求書」が、取引にかかった消費税額を正確に記載した「インボイス(適格請求書)」でなければならなくなるのです。このインボイスには、どの商品が軽減税率の対象品目なのか、8%と10%の税率ごとの取引額、そして消費税の合計額などが明確に記載されていなくてはなりません。
実は、消費税導入の前(1987年)に国会に提出された「売上税法案」にも同じような制度が含まれていたのですが、インボイスを発行できない中小業者は取引から排除されてしまうために小規模事業者からの反対の声が大きく、実施は見送られました。そして1989年から、帳簿と請求書を保存しておけばいいという「請求書等保存方式」による消費税制度がスタート。それが今回、税率が二段階になって複雑化するため、税額をより明確に把握して納税漏れのないようにしようということで、インボイス制度が導入されることになったわけです。
しかし、この制度が導入されると、仕入れ先から受け取った請求書が詳細の書かれていない旧来の請求書(インボイス形式ではないもの)だと、仕入れの際にかかった消費税が控除されなくなります。当然、事業者としては取引先に「インボイスを発行してくれ」ということになりますが、きちんとしたインボイスを発行するためには「インボイス発行事業者」として税務署に申請して登録を受け、インボイス上に事業者登録番号を明記する必要があります。そしてこの登録を受けた事業者は、消費税の納税義務が出てくるのです。
これまでは、年間の課税売上高が1000万円以下であれば、「消費税免税事業者」を選択することもできました。それでなんとかやってきた小規模事業者も、取引先から求められればインボイス発行事業者の登録を受けるために課税事業者を選択せざるを得ないでしょう。「インボイスを発行できないのなら、取引を打ち切る」などと言われるケースも、当然出てくると思います。
売上げは変わらない──どころか、取引先から消費増税分の値上げを拒否されて、自分でその分を負担しなくてはならないケースも多いはずです。そこに加えて10%の消費税を支払わなくてはならなくなるのですから、事業を継続していけなくなる小規模事業者も出てくるのではないでしょうか。結局は、弱いところにしわ寄せのいく制度だと言えると思います。
税金の使途の透明化を
今の日本の財政を立て直すために、税制において何らかの施策が必要なことは否定しません。しかしそれは、消費増税一本槍ではなく、たとえば株の配当金や譲渡益についてもしっかりと課税するなどの策も同時に検討すべきでしょう。
特に考えるべきは、法人税についてです。近年、世界で企業誘致のための「法人税の税率割引競争」ともいうべき事態が起こっていて、日本でも法人税の引き下げが続いてきました。しかし、そんなことを続けていたら、いつかは「法人税率ゼロでないと企業に来てもらえない」ということになってしまうと思います。私は、日本が取るべき道は、そんな割引競争にいつまでも振り回されるのではなく「わが国では、ちゃんと適切な税率で法人税を納めてもらいます。かわりに、日本でビジネスをすればこんなメリットがありますよ」と、別の価値を提示して独自の道を進むことだと考えています。
同時に、税金の使いみちについても、もっと透明化を徹底すべきです。せっかく税金を納めても、どのように使われているのか分からないし、無駄な使い方がされてもその責任を誰も取らないという仕組みが、この国ではずっと続いてきました。
よく知られているように、スウェーデンなどの北欧では税金が非常に高く、日本の消費税にあたる税金の税率も25%前後です。しかし、かわりに医療費や教育費は無料、老後の保障も手厚いなど、毎日の生活の中に、税金が有効に使われているという実感があります。対して日本の私たちは、税金をきちんと払えばその恩恵は自分たちに返ってくる、そういう幸福感をずっと持てないまま来たのではないでしょうか。
本来ならば選挙の際に、各政党がきちんと「私たちは税金をこういうことに使います」と、もっとクリアに説明するべきです。たとえば……ある政党は、増税分を防衛費に回す。こちらの政党は教育費に回す。そのためには税率をこのくらいにする必要がある、とそれぞれがしっかり示した上で、国民に判断させるべきだと思うのです。選挙のときにはどの政党も「減税します」しか言わず、政府は税金の使いみちをひた隠しにしているかのような、こんな不健全な状況はそろそろ変えていくべきではないでしょうか。
これまで国民の側も、あまりに税制や税金に無関心で、誰かに「お任せ」しているという意識が強すぎたと感じます。今回の消費税率アップと軽減税率導入を機に、もっと多くの人に「税」を身近なものとしてとらえてほしい。そして、「ここがおかしい」と思ったときにはきちんと怒りの声を上げながら、誰もが「なるほどね」と納得できるような公正な仕組みをつくっていこうという姿勢を持ってほしいと考えます。