それは日本のカジノ実施法にも具体的に盛り込まれている「預託金」という制度だ。預託金とは簡単にいえば、一定の金額を納めた客に対し、カジノ側が無利子で賭け金を融資する制度のこと。ただし融資から2カ月経つと、いきなり年間14.6%もの違約金が上乗せされるという仕組みになっている。
預託金には「与信枠」があり、これは、あらかじめ客の資産から算定した上限を設定しておけば、「カジノはその範囲内でしか貸さないから、酷いコトにはなりませんよ……」という制度だが、この資産には所得以外の預貯金や持ち家などまで含まれる。仮にそれなりの貯金があり、親から譲ってもらった持ち家に住んでいれば、収入の範疇を超えても「貯金と持ち家を失う程度」までは負けることができるということだ。もちろん「支払い能力を超える債務」を背負うよりはマシかもしれないが「博打で身代を失う」には十分だろう。
さらに「預託金」制度で注目すべきなのは、カジノが客に「お金を貸す」のではなく、「チップを貸す」仕組みだという点で、つまりカジノには一切の元手がいらない。考えてみれば、チップという「ただ同然のプラスチックの板」が、何万円という債権に変わるのだから、もはや「現代の錬金術」と言ってもいいだろう。
もちろん、たとえプラスチックの板だろうと、それが債権である以上、貸し手であるカジノには債権回収の権利がある。この債権回収がいわゆるサービサー(債権回収業)に委ねられることで厳しい取り立てが行われかねない。
いずれにせよ、カジノは多くの客の負けによって成り立つビジネスであり、客の負けを最大化するための、さまざまな仕掛けが周到に準備されている。そして、その罠にはまり、カジノによって支出行動を変えられた人たちが、ギャンブルによって生活を壊され、将来、社会保障の給付対象になったり、治安の悪化や犯罪率の上昇を引き起したりすれば、結果的にその「社会的コスト」は地域の経済的なメリットではなく、逆に公的な負担として圧し掛かる可能性もあることを忘れてはならないだろう。
ポテンシャルに満ちた日本の観光業を育てず、なぜカジノにこだわるのか?
カジノに頼らずとも、日本の観光業はインバウンドが伸びている最中で、しかも、まだまだ伸びしろがある分野である。中でもMICEを絡めたものもポテンシャルがあると言われている。MICEとはMeeting(会議)、Incentive Travel(招待旅行)、Convention(国際会議)、Exhibition(展示会)の4つの頭文字を合わせた言葉で、国際会議場・展示場を中心とした複合施設を誘致することで、定期的かつ大規模な観光客を地域に連れてくる仕掛けである。MICE需要は人数も多く、滞在者が地域にお金を落としてゆくことが多いため、地域経済にお金の流入をもたらすことが期待でき、海外でも多くの成功事例が報告されている。
もちろん、「カジノを含むIR」においても、こうしたMICE需要との組み合わせが強く意識されているわけだが、MICEそのものに高いポテンシャルがあるのに、なぜ、それが「カジノと一体化した施設」という前提で議論されなければならないのかは大きな疑問である。
また、日本の観光業でインバウンド増加をもたらす、もうひとつのキーワードは「地域性」だ。近年、日本人も知らないような田舎に外国人観光客が殺到しているのは、彼らがどこにでもある観光施設ではなく、地域そのものの魅力に引き付けられているからに他ならない。それなのに、世界中どこにでもある箱物=カジノを造るというのはどういうことか。カジノにこだわるがゆえに、まだまだ成長や努力の余地があるインバウンド用観光資源の開発、発想、将来性を閉ざしてしまうのではないか。それは日本の観光業にとってはマイナスなのではないか。地域性を生かして観光客を増やす余地があるのに、なぜ、議論をカジノの誘致という狭いところに可能性を押し込めてしまうのだろう。
「富の奪い合い」で過熱するIR招致合戦。住民の声を反映した民主的プロセスが必要だ
このように、地に足のついた議論をしていけば「カジノを含むIRの誘致」が必ずしも地元経済にプラスになるとは言い切れず、その「公益性」には疑問があるだけでなく、むしろ多くのネガティブな影響が推定される。それにもかかわらず、横浜市が今年、突然の誘致表明を行った背景には、大阪と横浜どちらが勝つか、という焦りに突き動かされている人がいるのではないだろうか? その人たちはそれぞれの地域においても、周囲の富を吸い寄せることによって、地域の将来を存続させるという発想なのかもしれない。
しかし実際のところは、逆の効果を生むかもしれないのだから、そうした焦りに駆り立てられて誘致合戦に加わるのではなく、カジノ誘致をめぐるこれらの論点についてきちんと情報を開示し、住民の意思を確認するというのは、地方政治として当然とるべきプロセスではないかと考える。
事実、近年はカジノの建設をめぐり、民意が反映される例が出てきている。アメリカのニューハンプシャー州では、カジノに関する情報を収集・公開して議論した結果、2014年にカジノ合法化法案を下院で否決した。また、同国マサチューセッツ州では、2011年にカジノが合法化されたが、地域経済活性化を目的とした地方でのカジノ開設に限定され、住民投票が義務付けられている。
横浜市の林文子市長は2019年12月から市内の全18区で説明会を行い、IR誘致の必要性と横浜市の取り組みについて「自らの言葉で丁寧にご説明し、市民の皆様のご理解を頂きたい」と語っているという。だが、市長が「丁寧に説明すること」と市民がその説明を「理解し、受け入れること」とは同じではない。
市長はこの説明会で横浜市の税収や観光に関するデータを示しながら「横浜市の観光ブランド力の弱さ」や「インバウンド需要取り込みの不足」そして「将来的な税収減への不安」などを強調し、あたかも、高齢者や子どもたちの未来のためにはIR型カジノの誘致が必要だと言わんばかりの論理を展開している。
だが、そこで根拠として示されたデータには、そもそもデータとしての信頼性や妥当性に疑問があるものが少なくなく、基本的な前提を無視した東京、大阪など、他の大都市との比較など、横浜市の現状を敢えてネガティブに印象付けることで「だからIRが必要だ」という流れに導こうという市側の意図が透けて見える。
一方、市が示した820億~1200億円とされる「税収増」や、建設時には7500億~1兆2000億円、運営を始めれば1年あたり6500億~1兆円に及ぶ「経済波及効果」などについては「事業者から提供された情報を基に監査法人が整理、確認したもの……」と言うだけで、根拠となるデータを示しておらず、IR誘致のメリットについては「事業者の主張」を鵜呑みにしているに等しい。