その結果、旧一電が売り入札を見送って自社用に確保したつもりの2億kWhは、新電力ユーザーに結局供給されている。取っておいたつもりが、気がつけば消えていたということになる。自社需要分を補填するため慌てて市場から電力を買い戻すと、市場価格が引き上がり、市場の電力が不足し、新電力が調達できなくなって、新電力ユーザー用の電気をさらに奪ってしまう。しかし、新電力ユーザーが実際に使う電力は、送配電事業者から「インバランス供給」されてしまう。結果として、日本全体の需要に対する供給量は目測を誤った形になり、電力需給を逼迫させるのではないか。
そこで次には慌てて、自社発電事業部門に追加発電を依頼し、さらに新電力に電気を供給していたIPP(独立系発電事業者)にまで炊き増しを依頼する。そうしていたことが、「検証 中間取りまとめ」(38ページ、「発電事象者・小売電気事業者(非調整電源保有事業者)に対する焚き増し指示」)にも書かれている。図8を見ると、2021年1月8日には33億kWh、1月13日には31億kWhと、「燃料不足・高騰」が聞いて呆れるほど大量の発電が実行されていることがわかる。
今後もし、政府が旧一電に対し、一定の売り入札量を維持することを義務づけるようになれば、先述した電力の供給力を割り振る優先順位は次のように変わるはずだ。
①自社で小売りする分
②他社に卸す分
③市場への出荷(売り入札可能量)
④予備力
⑤燃料不足への備え
という順番だ。これは、別の見方で言えば、旧一電の小売事業部門は、常に自社だけでなく、日本全体(少なくとも自社エリア全体)の需要を考えてJEPX市場への売り入札量を判断すべしということである。そうなれば、日本全体の電力需給の安定性が向上するだろう。
大量の資金移動とブラックアウトの危機
このJEPX市場価格高騰の期間中、旧一電のうち中国電力、関西電力、北陸電力の3社はグロス・ビディングそのものをやめてしまった。この制度は、市場を撹乱し、需給調整に悪影響を及ぼすから廃止したほうが良いという意見も出はじめている。果たして廃止すれば良いのかどうか。グロス・ビディングをやめた、つまり市場への電気の供給を停止した3社とも、市場価格高騰の期間中に需給逼迫を繰り返している。
グロス・ビディングをやめれば、JEPX市場は半分以下に収縮するだろう。それは電力自由化を進め、健全な市場と安定的な電力供給を目指す視点から見て本当に良いことなのだろうか。日本の電力市場にはまだ、市場支配力の圧倒的に高い旧一電が存在する。それをそのままにして、市場を縮小すると、旧一電との相対契約や系列化が横行し、電力自由化は形骸化してしまうのではないだろうか。むしろグロス・ビディングをより明確に義務化し、厳しいルールを定めることが今後のために必要だと思う。
FIT特定卸供給、JEPX入札制度、インバランス料金、そしてグロス・ビディングと、ひとつひとつの制度はJEPX市場や小売事業者のためにつくられた制度である。しかしこれらの制度上の不備や想定外の穴が重なり合って、今回の市場価格高騰が発生した。
新電力側にはほぼ不備や責任はない。ところがこれら制度上の不備により、電力市場全体では1カ月で1兆円を超える資金移動が起こった(「2020年度冬期の電力需給ひっ迫・市場価格高騰に係る検証・中間取りまとめ(案)」の図28)。発生した損失の大部分は、これといった過失がなかった新電力側に集中している。
政府はじめ電力市場の関係者が制度の不備を認め、二度と同じような事故が発生しないようにするとともに、不備な制度により損害を被った側に、きちんと弁償が行われることが必要である。
図9 市場価格高騰に伴う電気事業者の収支