税込1100円の商品があったとして、それは「価格が1000円の商品に100円の消費税が付いている」のではなく、「1100円がその商品の価格」ということ。事業者が利益を確保するために消費税相当額を価格に含めているだけのことで、消費税を消費者から「預かっている」わけではありません。「私はちゃんと消費税を払ったのに、免税業者が懐に入れて納めてくれない」という批判は当たらないのです。
さらに、一般の取引は価格が需要・供給・力関係によって決まるため、事業者が消費税相当額を価格に含められない場合も多いのが実態で、課税事業者は自分の利益の中から消費税を納めているといえます。さらには、ほとんど利益が出ていないにもかかわらず、消費税納税を求められる場合さえあるのです。
たとえば、ある事業者の年間課税売上が1000万円で、年間の経費も1000万円かかっていたとしましょう。そうすると、利益はゼロということになりますから、所得税や法人税はかかりません。しかし、消費税はそうとは限らない。というのは、仕入税額控除の対象になるのは「課税仕入」だけですが、この課税仕入の中に従業員への給与・賃金などの人件費は含まれないからです。
つまり、経費1000万円のうち500万円が人件費だったとすると、課税仕入になるのは残り500万円のみ。課税売上に係る消費税100万円から課税仕入に係る消費税50万円を差し引いた50万円を消費税として納めなくてはならないということになります。ところが実際には利益はゼロなわけで、どこからこの50万円を出せばいいのでしょうか。
このように、消費税は赤字企業にもかかります。税金の中で滞納額が最も多いのは、こういう理由によるわけです。
当然ながら、利益のそれほど大きくない事業者は、消費税を納めていたら食べていけなくなる可能性があります。そこで設けられたのが「年間の課税売上が1000万円以下」の事業者の消費税納付を免除するという「免税点制度」です。すなわちこれは、生活していけない人が出ないようにという目的で作られた、所得税における基礎控除のような措置なのです。
それなのに、政府は「免税点制度は残す」と言いながら、インボイス制度によって「課税事業者になれ」という事実上の圧力をかけようとしている。制度導入の背景には、この機会に免税事業者をなくしてしまいたいという意図が間違いなくあるのだと思います。
事務負担の増加と電子インボイス
そして、私がさらに問題だと考えているのは、インボイス制度の導入によって、すべての事業者の事務負担が一気に増加するということです。
インボイスを発行する事業者も、発行の都度その写しの作成・保存が必要になりますが、受け取った側の事業者はさらに大変です。課税事業者からのインボイスと免税事業者からの請求書を逐一分別し、インボイスの事業者番号が正しいかどうかを確認し、インボイス記載の税額を税率ごとに整理して計算し……。
しかも、これまでは3万円未満の取引については領収書がなくても帳簿への記載だけで仕入税額控除が認められていたのですが、インボイス制度の導入後はこの特例も廃止されます(鉄道運賃、自動販売機で購入したものなど一部の例外を除く)。これによって、今問題になっているのが銀行の振込手数料です。売上の入金があった際に銀行の振込手数料が本来の金額から引かれていたという場合、振込手数料にかかる消費税を仕入税額控除に含めるためには、取引先にインボイスを発行してもらうと同時に、銀行からもインボイスを取り寄せなければならないということになります。
こんな複雑な、コストもかかることをすべての事業者ができるはずがありません。さらには、税務署がすべてを調査するのにも無理があるということで、今さかんに喧伝されているのが「電子インボイス制度」の導入です。これは、インボイスの発行・処理を、紙を介さずデジタルプラットフォーム上で行うというもの。すでに「電子インボイス推進協議会」という団体が立ち上がり、ヨーロッパなどで用いられている電子インボイスの標準規格を日本にも導入するとしています。
しかし、本当に電子インボイスは、紙のインボイスよりも優れているといえるのでしょうか。電子データでの保存は、データが飛んでしまうこともあるし、コピーや改ざんも容易だという問題があります。本当に事業者の負担を減らすことにつながるかどうかの検証も、まったく行われていないのです。
そもそも、電子インボイスが導入されれば、事業者はそのための環境を整える必要があり、これにまたコストがかかります。先に触れた「電子インボイス推進協議会」には、デジタルプラットフォームを供給するIT関係の業者が何十社も入っています。それだけ大きなビジネスチャンスだということなのでしょうが、言い換えれば、それは、デジタルプラットフォームを導入して電子インボイスを使えるようにするためのコストがどれほど大きいかということでもあります。軽減税率導入のとき、それに対応できるレジ機器などの購入負担に耐えられなくて廃業した事業者がたくさんありましたが、また同じことが起きかねません。
さらに、電子インボイスについてはもう一つ大きな懸念があります。インボイスのデータを通じて、取引情報がすべて国に吸い上げられてしまうのではないかということです。
たとえば、クラウド会計ソフトなどを提供している「freee」という会社があるのですが、ここの利用規約には、会員情報は同意なしに第三者に開示しないとしながらも、「法令または公的機関からの要請を受け、要請に応じる必要を認めた場合」はその限りではない、との規定があります。つまり、政府からの要請があれば、あなたの会員情報を開示するかもしれませんよ、ということ。電子インボイスについても同じような規約が設定され、いつ国に取引情報が流れるかもしれないという危険性は十分にあると考えられます。
制度が導入されれば、日本経済は大混乱に陥る
このままインボイス制度が導入されれば、多くの中小・零細事業者が廃業に追い込まれ、街には大手のチェーン店ばかりになるのは間違いありません。あるいは、廃業しないまでも消費税分の値上げを余儀なくされる事業者が増え、物価の上昇にもつながるでしょう。
一人親方
建設業などで被雇用者を使わず、自分と家族だけで事業を行っている事業主のこと。