私たちが銀行などの金融機関に預けているお金は、時に環境破壊を引き起こす化石燃料の採掘や武器の開発事業などへの融資を通じて、地球環境や私たちの未来を脅かす活動に使われている。それを知り、持続可能な世界を築くために必要かつ重要な分野・事業にのみ融資する金融機関を創りたいと考える人々が、今、世界各地で「倫理金融」を運営、利用している。それは、利潤追求の競争を続ける資本主義経済を離れ、人と環境を軸にした経済活動がつくる「社会的連帯経済(SSE:Social and Solidarity Economy)」の一部として、欧州など、SSEが盛んな地域を中心に広がる。SSE先進国の1つ、スペインで活動する倫理金融を取材した。
倫理銀行「フィアーレ」のマドリード支部。壁には、「最大の関心事は、集団的利益」の文字が。撮影:篠田有史
社会・環境への貢献に価値を置く金融
「倫理金融」とは、従来の金融機関が経済的利益・採算に重点を置いた経営をしているのに対し、社会や環境をより良い方向へ導く事業の支援を目的とする金融業を指す言葉だ。欧州では、そんな32の組織が「欧州倫理オルタナティブ銀行金融機関連盟(FEBEA:Fédération Européenne des Banques Ethiques et Alternatives)」に結集しており、ほかにも同じ理念で運営される組織が複数存在する。日本にある金融機関の中で、理念が最も近いのはNPOバンクだろう。
スペインには、主に3つの異なる形式の「倫理金融」がある。「オルタナティブ連帯金融」「倫理銀行」、そして「金融業務協同組合」だ。
まず、「オルタナティブ連帯金融」からみてみよう。
失業者への連帯から生まれたマイクロクレジット
オルタナティブ連帯金融は、いわゆるマイクロクレジット(少額投資)。18の団体が連携し、「オルタナティブ連帯金融ネットワーク(REFAS:Red de Finanzas Alternativas y Solidarias)」を形成している。その多くは、40年以上前からある地域密着型、あるいは国際協力のための組織だ。
REFAS代表で、そのメンバー組織である「平和と希望連帯基金(以下、連帯基金)」の代表でもあるマリアヘスス・ロメロ(57)は、「連帯基金」を例に、オルタナティブ連帯金融について、こう説明する。
「失業者であふれていた時代、貧しい人々が自ら事業を起こすための資金を寄付することから始まりました。その後、寄付するよりも貸し付けるほうがより多くの人の助けになると考え、無利子貸付に切り替えたのです」
刑務所を出所したばかりの人や移民など、社会的に疎外されている人たちが現状を打開するための支援や、有機農業など持続可能な社会を築くために役立つ事業を対象に、少額貸付を実施する。個人なら6000ユーロ(約100万円)、団体なら1万2000ユーロが上限だ。「ミシン1台買えただけで、貧困から脱した人もいます」と、マリアヘスス。
連帯基金は、資金提供者から集めた資金を使って、毎年、総額10万ユーロ(約1730万円)前後の貸付を実施している。年間の「貸付総額」と、返済金を含む「資金総額」は、ほぼ同じだ。事業運営費は、資金提供者とは別にいる会員(両方を兼ねている人も一部いる)約200人からの寄付で賄う。
貸付相手は、会員の紹介で決める。会員がいわば「保証人」。その信用が担保となる。ただし、返済が完了できなくても、保証人が借金を肩代わりする必要はない。
「この40年余りで、全額を返しきれなかった人は8%未満。損失分は会員からの寄付で補うので、問題ありません。大切なのは相互の信頼です」
社会変革を目指す「倫理銀行」
マリアヘススをはじめ、REFASを築いてきた人たちは、それぞれの事業を運営するのと並行して、新しい仕組みの銀行の設立を考え始める。
「自分のお金も、一部の人間がお金持ちになるためや、化石燃料の採掘、武器の製造といったことに融資するような銀行に預けたくないと思ったのです」
オルタナティブ連帯金融と倫理銀行の誕生について語るREFAS代表のマリアヘスス・ロメロ
マリアヘスス自身、長年、銀行に勤めていたが、その利益重視に疑問を感じていた。そこで、大勢のSSE関係者と共に、普通の銀行と同じように個人が預貯金やローン、公共料金やクレジットカードの引き落としもできるが、融資は社会・環境に貢献する事業に対してしか行わない銀行=倫理銀行を創ろうと考えたのだ。
国内各地で倫理銀行の意義を伝える説明会を開き、出資を呼びかけるキャンペーンを展開。個人なら最低300ユーロ(約5万円)、団体なら最低600ユーロの出資を要請し、銀行設立の資本金600万ユーロを集めた。
「まだ存在しない銀行に投資してくれる人たちが、いたんですよ!」
同じ思いを抱く市民はイタリアにもおり、イタリアとスペイン、両国の市民が連帯するかたちで計画は進む。その結果、1998年、イタリアで「民衆倫理銀行(Banca Popolare Ética)」が設立され、その後、その“スペイン支店” というかたちから「フィアーレ倫理銀行(Fiare Banca Ética。以下、フィアーレ)」が誕生。現在、両者は「倫理銀行グループ(Grupo Banca Ética)」として、共に倫理金融の普及に取り組む。
フィアーレは、通常の銀行のような株式会社とは異なり、株を持つ株主会員が協同で運営する「協同組合方式」の銀行だ。経営の最高決定機関は「総会」で、5株(315ユーロ)以上持つ会員は、持ち株数に関係なく、だれもが一人一票の権利を持ってそこに参加する。また、利潤は株主に分配されずに、銀行事業に再投資される。