毎日新聞のインタビューで田中氏が述べている通り、「現実的な道をとろうとしていると思う。しかし、あまり繰り返すと、根っこはそういう思いをもっている人だと定着してしまう」との懸念はあたっているのだろう。もはや中国、韓国、アメリカは、過去の歴史認識を見直し、改憲して国防軍をもつことにこそ、安倍首相の狙いがあるとみているのではないだろうか。
国会の改憲勢力は自民党、日本維新の会、みんなの党の3党である。衆院では改憲に必要な議席を占めているが、橋下徹共同代表の従軍慰安婦発言で、維新の会は失速した。安倍首相は「7月の参院選挙で改憲案の発議に必要な3分の2の議席確保は不可能だ」と言い出し、早急な日程設定を否定した。長期政権を目指し、いずれ改憲できればよいとの余裕であろう。
急浮上する「国家安全保障基本法案」
そこで改憲の代わりに「国家安全保障基本法案」の制定が急浮上する可能性が出てきた。自民党は2012年7月の総務会で満場一致で同法の制定を決めた。現在は法案の概要しかつくられていないが、法律の性質と方向性は明快に示されている。その第10条「国連憲章に定められた自衛権の行使」は、国連憲章51条の規定を根拠に集団的自衛権の行使を容認。第11条「国連憲章上の安全保障措置への参加」は、国連安保理決議があれば、海外における武力行使を認める内容となっている。
国家安全保障基本法案の概要に書かれた内容の多くは、憲法そのものや憲法解釈に明らかに反する。そんな法案は国会提出さえできないと考えてしまうかもしれないが、それは間違いだ。行政府の中央省庁が法案をつくる内閣立法なら、憲法との関係を審査する内閣法制局の段階でストップがかかり、国会提出には至らない。だが、国会議員が法案をつくる議員立法となれば話は別なのである。
衆院、参院それぞれの法制局が審査して意見を述べるが、提出を決めるのはあくまで立法権のある国会議員。衆院法制局は「立法権があるのは国会議員であり、法制局ではない。しかし、議員立法では委員会や本会議で本案への質問に答弁するのは提案議員。答弁に窮するような法案を提出するのは相当な覚悟が必要になるが、成立すれば行政府は法律を無視するわけにはいかない」という。
今回の国家安全保障基本法案も、議員立法の手続きが見込まれている。法律が憲法違反か否か審査するドイツのような憲法裁判所の規定が日本にはないため、法律によって憲法解釈が変更され、「国のかたち」が変わるのである。過半数の賛成で成立するのだから、3分の2の国会議員の賛成や国民投票が必要な憲法改正と比べ、うそのように簡単である。現行憲法を維持しても意味がないとなれば、護憲勢力は意気消沈し、憲法改正へ向けた勢いは加速することだろう。
根底からなし崩しにされる憲法
10条、11条以外にも国家安全保障基本法は爆弾を抱えている。第3条「国及び地方公共団体の責務」で秘密保護のための立法措置を定めており、秘密保全法の制定につながる。秘密保全法は、安全保障、外交、公共の安全と秩序に関する事柄を「特別秘密」に指定し、これを報道しようとしたマスコミや一般人を処罰する法律である。憲法で保障された知る権利や基本的人権が犯され、民主主義を揺るがすことになりかねない。第8条(自衛隊)は「陸上・海上・航空自衛隊を保有する」とあり、憲法9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、 これを保持しない」と矛盾する内容となっている。注目すべきは、あえて「公共の秩序の維持にあたる」と書いてある点だ。
自衛隊イラク派遣に際し、陸上自衛隊東北方面隊の情報保全隊が国民を監視していた事実が明らかになり、仙台地方裁判所は政府に監視されていた原告5人に対し、慰謝料の支払いを命じた。その後も自衛隊による国民監視は続いていることを示す証拠が二審の仙台高裁に提出されている。
国家安全保障基本法によって、自衛隊に「公共の秩序の維持にあたる」役割を与えることになれば、国民監視は合法化される。例えば、原発反対を訴える首相官邸前の金曜日のデモやその他の市民集会も、公共の秩序を理由に自衛隊が取り締まることが可能になる。治安維持の役割をもつ警察を飛び越えて、自衛隊が国民を取り締まるのだ。自民党は強力な軍国主義国家を目指しているのだろうか。
第12条「武器の輸出入等」は、武器の輸出を禁じた「武器輸出三原則」を放棄する規定で、日本経団連や防衛産業からの見直し要求を丸飲みしたもの。「1発の銃弾、1丁の銃も輸出しない」という平和国家の国是を、一部企業のカネもうけのためになし崩しにしようというのである。
自民党は国家安全保障基本法を上位法と位置づけ、下位法に集団自衛事態法、自衛隊の海外派遣恒久法である国際平和協力法を制定し、さらに自衛隊法を改定するとしている。これらの法律が成立すれば、集団的自衛権の行使や海外における武力行使が解禁されることになる。
何のことはない。改憲を抜きにして、平和国家は骨抜きにされ、改憲と同じ効果が得られるのである。自民党の参院選挙公約には、改憲と並び、国家安全保障基本法の制定が盛り込まれた。改憲に失敗して、残念でしたで済むはずがない。安倍内閣は正統性を失い、退陣を余儀なくされるであろう。そんな事態を避けるため、安倍首相は改憲をあきらめたふりをして、ちゃっかり国家安全保障基本法の制定から手を付けるかも知れない。法律が憲法解釈を根底から変える「法の下克上」を画策しているのではないだろうか。
即応予備自衛官
退職後の自衛官が、防衛、国民保護、災害などでの自衛隊出動に際して招集され、一般の自衛官と同じ第一線の任務に就く、陸上自衛隊の制度。招集がなくとも年間30日の訓練が義務付けられている。これに対して一般の予備自衛官は、陸海空自衛隊それぞれに所属し、法律で定められた年間訓練日数が20日間以内、任務も後方地域でのものに限られる。
日本版NSC
アメリカの国家安全保障会議(NSC ; National Security Council)は、大統領(議長)、副大統領、国務長官、財務長官、国防長官をメンバーとする国家安全保障の最高諮問機関。日本版NSC構想は、総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣の4人で構成される「4大臣会合」を設け、事務局として内閣官房内に設置される国家安全保障局に、各省庁の情報を集中させるというもの。2013年6月に国会に関連法案が提出されたが、継続審議となっている。