国民投票でいずれか一方が承認され、他方が承認されなかった場合に、法規として有効に機能しないからです
このような憲法改正案をどのように区分し、発議すべきかという議論はまったく進んでいません。かなり粗削りで、大ざっぱな議論ばかりが繰り返されています。
選挙よりも投票環境が悪い、国民投票
第三に、国民投票法(2007年5月制定)の規定内容が古く、現行のままでは使えないという点もあげられます。
まず何より、国民投票権年齢の18歳引き下げに関して、少年法との関係整理が終わっていません。
2014年の国民投票法改正によって、18年6月20日までに実施される国民投票は満20歳以上、18年6月21日以降に実施される国民投票は満18歳以上と、年齢要件が定められています。18年6月21日になれば、18歳国民投票権がようやく実現するわけですが、少年法の適用対象年齢(満20歳未満)と齟齬をきたすことになってしまいます。18歳、19歳の者が、国民投票に関する犯罪(国民投票法は、組織的多数人買収罪などの犯罪類型を定めています)にコミットした場合、これらの者は、国民投票の有権者として法的に「一人前」の地位を得ているにもかかわらず、その犯した罪について少年法の適用を受け、成人と同様の刑罰を受けないことになってしまい、法律上の扱いが矛盾してしまうのです。
現在、法制審議会が少年法の適用対象年齢の18歳引き下げを含む制度改革案を検討していますが、少年法の改正は、18歳国民投票権が実現する18年6月21日には間に合わないでしょう。そこで、立法論としては、国民投票法をもう一度改正し、18歳、19歳の者による国民投票に関する犯罪については少年法を適用せず、成人一般の刑事事件として扱う旨の特例規定を置く必要があると考えます。
選挙については、公職選挙法が15年から16年にかけて数次改正され、投票環境の向上に関する施策が矢継ぎ早に制度改正されています。期日前投票の運用の拡充、大型商業施設などにおける共通投票所の設置、実習船に乗る水産高校の生徒が洋上投票を可能とする措置などが講じられています。また、プライバシー保護の見地から、申し出によって誰でも閲覧することができた選挙人名簿の縦覧制度が廃止され、学術調査など一定の要件を満たす者だけに認められる閲覧制度に変更されています。これらの施策は、国民投票法制上は未整備であり、早急に対応する必要があります。
憲法改正案広報イメージの欠如
第四は、憲法改正が発議された後、国会がその内容に関して行う広報のあり方について、イメージがまったく形成されていないことです。
国政選挙、知事選挙においては、候補者・政党による政見放送、候補者の経歴放送が行われます。先の総選挙の期間中にも、多くの方がご覧になったことでしょう。政見放送、経歴放送がどのような内容か、どれくらいの時間尺か、容易に思い描いていただくことができます。
他方、国民投票においても、憲法改正の発議後、国会に設けられる国民投票広報協議会が主体となり、選挙の政見放送に似た広報放送、広報のための新聞広告などを行うことになっています。しかし驚くべきことに、憲法改正案の広報放送について、放送の時間尺、内容、回数など、何も決まっていないのです。[1]放送は10分間なのか、30分間なのか、それとももっと長いのか、[2]放送の中で、憲法改正案の説明、賛成意見、反対意見はどのように紹介されるのかなど、各党間では何ら合意形成が進んでいません。新聞広告のあり方も、同様です。参考とすべき先例は、何一つありません。
国民投票の場合、国会が憲法改正を発議した日から投票の期日まで、最短で60日間、最長で180日間となります。この間、選挙と同じく、同一内容の広報を繰り返すという考え方もあれば、途中でその内容を変えるという判断もありえます。憲法改正の発議までに、憲法改正案の広報に関する様々な論点を整理し、できれば全党が一致して、その方針を確定する必要があります。
見通せない、自民党内の意見集約
第五に、自民党内の議論が混乱の渦中にあり、収まる気配がない点です。
思えばこの1年、自民党の方針は、二転三転しました。党の憲法改正推進本部は2016年10月、しばらく休止状態にあった党内論議を蘇生させる起死回生の措置として、以前取りまとめた「新憲法草案」(05年10月)、「日本国憲法改正草案」(12年4月)のいずれをも棚上げし、他党との幅広い合意形成を目指していく方針を策定しました。
しかし、野党側がこの柔軟路線について理解し始めた17年5月3日、安倍総裁が「2020年憲法改正施行宣言」(自衛隊の明記、教育無償化の2点)を突然打ち出したことで、事態は急変しました。9条改正問題が絡んだことから自民党内論議はいっそう混沌とし始め、野党側、さらには連立を組む公明党までも、その態度を一気に硬化させたのです。
そして、都議会自民党が17年7月の都議選で大敗北を喫した後は、安倍総裁自ら「(憲法改正の)スケジュールにはこだわらない」と軌道修正を図り、そのまま10月の総選挙を経て、現在に至っています。安倍総裁の意向を忖度し、党内の「重石」役を果たしてきた保岡興治憲法改正推進本部長が今回の衆議院解散を以て引退したことも、党にとっては痛手となります。
自民党は、自衛隊の明記などの具体的テーマに関して、党としての案をいつまでに取りまとめるのか、そのスケジュール感さえ見失っているのが現状です。批判の急先鋒である石破茂元幹事長は17年9月、自身の派閥の総会で「どう考えても党内民主主義としておかしい」と発言しています。今後、その影響力をいっそう強めていくでしょう。
自民党は、世間で思われているほど一枚岩ではありません。17年6月に制定された天皇退位特例法でさえ、法案採決を棄権した議員もいます。憲法改正の発議でも、所属議員が全員、一致した投票行動を取るとは限りません。「総議員」が母数になるので、議員が本会議を欠席したり、採決を棄権することは「反対投票」と同じ意味(効果)を持ちます。党内にどんな反作用が生じるか、予断を許しません。
おわりに
「改憲賛成勢力」なるものが、どれほどの規模に拡大しようとも、国民投票の手続ルールの整備が終わらない限り、憲法改正の発議は現実の政治課題に上りません。
同勢力は、衆参両院で過半数をはるかに超えているのだから、必要なルールなどすぐに決めてしまえばいいと思われるかもしれません。しかし、本稿で指摘している点は、すでに何年もの間、先送りされてきているのです。この国の政党政治は、法制度が抱える問題を即座に解決に導くほどの使命感、器用さを持ち合わせていません。そして何より、17年11月の特別国会においても、衆参の憲法審査会は具体的な運営スケジュールを見通せないのです。改憲日程は、後ろに下がるばかりです。
私たちは思わず、「改憲賛成勢力」の数の力に圧倒されそうになります。しかし、以上5つの問題として指摘したように、国民投票の制度、政治の現実を見れば、「憲法改正国民投票が近づいている」というのは、まったくの幻想にすぎません。国民投票の手続ルールを放ったらかして、憲法改正の中身の議論ばかりにかまけている「改憲賛成勢力」に対して、私たちは主権者としてもっと怒りと非難の声を上げるべきです。