しかし、防衛省・自衛隊の不祥事をきっかけに首相官邸に置かれた「防衛省改革会議」は、08年7月、統合運用を担う統合幕僚監部の機能強化の一環として陸上総隊の新設を提言。民主党政権の誕生により、提言は一時棚上げされたが、12年の第二次安倍政権の誕生により、完全に息を吹き返した。
陸上幕僚長は防衛大臣を補佐する制服組トップの補佐役にあたり、部隊に対する指揮権は持たない。しかし、軍事オンチばかりが就任する防衛大臣に代わり、事実上、陸幕長が陸上自衛隊の最高指揮官を務めてきたのが実情である。火箱氏は退任会見で図らずもその事実を明らかにした。同時に陸上総隊がなくても陸自が組織的に機能することを証明してみせたのである。それでも陸上総隊は発足したのである。
一方、海兵隊機能を持つのは陸上自衛隊に新編される水陸機動団である。長崎県佐世保市の相浦駐屯地に2連隊2100人規模で誕生した。
山崎幸二陸上幕僚長は今年2月22日の会見で「水陸機動団の新編は、わが国の厳しい安全保障環境、とりわけ南西防衛について喫緊の課題と思っている。離島の防衛を主体とする部隊の新編により、わが国の主として島しょ防衛に対する実効性ある抑止、また対処能力が向上するものと思う」と述べた。
これまでの陸上自衛隊による島しょ防衛は、情勢が緊迫した段階で部隊を離島に事前展開し、抑止力を高めて侵攻そのものを防止する作戦だった。それでも敵に占領された場合、取り戻すとなれば、全国に散らばった部隊を動員するほかなかった。
水陸機動団は陸上自衛隊に欠落していた奪還機能を持ち、敵前上陸する専門部隊である。海兵隊の中で最強といわれる米海兵隊を見習って装備品も垂直離着陸輸送機「オスプレイ」、水陸両用車「AAV7」とまるごと米海兵隊を真似ている。米海兵隊のような「殴り込み部隊」であり、もちろん先制攻撃に活用できる。
敵基地攻撃能力の実現へ
聞き慣れない「策源地攻撃能力」とは何だろうか。策源地とは敵の出撃、発進拠点を指し、むしろ「敵基地攻撃能力」という言い方が一般的になっている。政府は「他に手段がない場合に限って、敵基地攻撃は合憲」との政府答弁(1956年2月29日衆議院内閣委、鳩山一郎首相答弁、船田中防衛庁長官代読)を示している。
90年代以降、北朝鮮による弾道ミサイルの発射が繰り返されるたびに、国会で敵基地攻撃能力の保有が議論になった。自衛隊は弾道ミサイルを撃ち落とすミサイル防衛システムを備えているが、100%の迎撃は望めない。迎撃網の傘から外れた地域は丸裸も同然である。「座して死を待つ」よりは打って出ようというのだ。
防衛省はこれまで「法理的には可能だが、自衛隊は攻撃的な武器体系になっていない。他国の基地の攻撃は米軍の打撃力を期待する」との答弁を続けてきた。
とぼけてもらっては困る。
かつては航続距離が長いと周辺国の脅威になりかねないとの理由から、米国から導入したF4戦闘機から空中給油装置を取り外した。だが、80年代に調達したF15戦闘機、F2戦闘機とも空中給油装置を外していない。飛びながら燃料供給できる空中給油機も導入、航続距離の問題は解消した。
戦闘機を指揮する管制機能は、76年に函館空港へソ連のミグ25戦闘機が強行着陸した事件をきっかけにまずE2C 早期警戒機を買い入れ、次に高性能の空中警戒管制機(AWACS) 導入を実現した。
敵基地攻撃における航空攻撃編制は、戦闘機が空中給油を受けながら長距離を飛行し、AWACS の管制を受ける。敵基地が近づくと電子戦機が妨害電波を出して地上レーダーや迎撃機をかく乱させるなど複数の航空機を組み合わせる必要がある。
航空自衛隊で保有していないのは、電子戦機だったが、2008年から二人乗りのF15DJ 戦闘機を改修して電子妨害装置を搭載し、成功裏に開発を終了した。
最後の敵基地への爆弾投下は05年から日本の演習場ではできない実弾の投下訓練をグアムで開始した。最初は通常の爆弾だったが、12年から衛星測位システム(GPS)衛星を利用した精密誘導装置付き爆弾(JDAM)に切り替え、精度を増した。
より正確な爆撃のため、14年からイラク戦争で米軍が使ったのと同じレーザー光線で誘導するレーザーJDAMを導入。同年の日米豪共同訓練で、F2戦闘機が投下し、目標に命中させている。
自衛隊が保有する航空機や爆弾を組み合わせれば、米軍に近い敵基地攻撃能力を持つことは現在でも十分可能である。
さらに昨年12月の18年度防衛予算案に夏の概算要求時にはなかった長距離の巡航ミサイル3種の追加購入が盛り込まれた。昨年11月、初来日したトランプ米大統領と安倍首相による日米首脳会談で米国製武器の追加購入で合意したことを受け、首相官邸からの「何か買え」との指示で急きょ、決まったとされている。
「力には力」の強硬策でいいのか
だが、安倍首相が言うほど先制攻撃は簡単だろうか。例えば、弾道ミサイルの試射を続ける北朝鮮の基地攻撃は可能なのか。
攻撃対象となる弾道ミサイル基地は東岸の舞水端里(ムスダンニ)、西岸の東倉里(トンチャンニ)である。どちらも中国国境に近く、航空機で攻撃に向かえば公表されていない中国の防空識別圏に接近、もしくは入り込むおそれがある。2000年以降に建設された東倉里の基地は、中国国境の鴨緑江河口から約80キロと近く、東倉里を狙った攻撃が確実に中国を刺激する場所に置かれている。
また14年以降の短・中距離弾道ミサイルが発射された地点は、東岸の元山(ウォンサン)付近、西岸の粛川(スクチョン)付近、平壌(ピョンヤン)の南方約100 キロ、南部の開城(ケソン)付近、西岸の海州(ヘジュ)の西方約100 キロ、西岸の南浦(ナンポ)付近と分散し、攻撃された場合を想定して目標を絞らせない実戦的な運用が始まっている。
15年以降は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発が進み、16年5月新浦(シンポ)沖からSLBMの発射に成功、攻撃能力の多様化と同時に残存性の向上を図っている。
航空自衛隊の元将官は「北朝鮮の基地はその多くが地下化されたり、山に横穴を掘って隠したりしており、偵察衛星でも完全には補足できない。地上部隊の派遣を抜きにすべてのミサイル基地を破壊するのは困難だろう」と話す。
敵基地攻撃の実効性には疑問符が付くというのだ。自衛隊が攻撃目標を探して攻撃する間に、北朝鮮の弾道ミサイルは日本列島に飛来することだろう。
そもそも1956年の鳩山見解は「他に手段がない」場合に限って敵基地攻撃を合憲と認めている。外務省は日米安全保障条約第5条を「米国による対日防衛義務」と解釈しており、米軍の打撃力に頼るという選択肢がある以上、敵基地攻撃の出番はないはずである。
とはいえ、日本の政治状況は今や「安倍一強」。第二次安倍政権で首相は特定秘密保護法、安全保障関連法、「共謀罪」法と無理筋の法案を次々に強行成立させた。野党や国民の反対の声など「どこ吹く風」である。
そして今、憲法改正の発議および国民投票が現実のものとなりつつある。首相の高揚した思いが冒頭の「先制攻撃が有利」との発言につながったのだろうか。過去の歴史が示す通り、「力には力」の強硬策はおびただしい数の犠牲者と絶望の荒野を生みだしてきた。「背広を着た関東軍」の大号令のもと、「軍靴の響き」は高まるのだろうか。