辺野古新基地建設をめぐって、沖縄は動き続けている。2018年7月に翁長沖縄県知事は、前知事が行った「埋め立て承認」を撤回する正式手続きに入ることを表明した。また、米軍新基地建設に伴う辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票の実施を求める署名活動が行われ、集めた署名が10万筆を超えた。こういった動静は中央のメディアではなかなか報道されず、この問題に高い関心を寄せる人たち以外にはあまり知られてはいないように思える。
いま、沖縄で何が起きているのか。
イミダス編集部は、沖縄在住のノンフィクションライター、渡瀬夏彦さんに寄稿を依頼。その執筆の最終段階で、8月8日に翁長知事が病気によって死去したというニュースが飛び込んできた。リーダーシップを発揮してきた知事の死、次の知事選挙、県民投票の今後については稿を改めることとし、埋め立て承認撤回までの沖縄の動きについて、渡瀬さんのリポートをお読みいただきたいと思う。
なぜ今、県民投票なのか?
このところずっと「辺野古・県民投票」(正式名称は条例制定時に決まるので未定だが、辺野古新基地建設のための埋め立ての賛否を問う県民投票のこと)について考えてきた。それは、沖縄の民意を無視して政府が強引に進めようとする辺野古新基地建設をストップさせるために、県民投票がどれぐらい有効なのかを考えるに等しい作業だった。
きっかけは、1年近く前に遡る。現在「『辺野古』県民投票の会」副代表を務める安里長従(あさと・ながつぐ)氏(司法書士)と会って話す機会があり、県民投票に関する意見を求められたのである。
そのときのわたしは、辺野古新基地建設阻止のために必ずしも有効とは思わないし、それ以前にできることを自分なりにやっていきたい、という考えを伝えた。
安里氏はそもそも「琉球の自己決定権」という考え方を広める活動に積極的な人である。加えて、辺野古の問題は全国の人々が皆で考えて当然のことだと県内外の人々にアピールする活動にも取り組んできている。同時代の沖縄に暮らす者として、わたしが敬意を表したい人物の一人である。
「県民投票」に関する安里氏の主張の柱は明確だ。重視しているポイントは、「辺野古埋立承認取消裁判」(違法確認訴訟)の判決文。沖縄県側に敗訴を言い渡した福岡高等裁判所那覇支部・多見谷寿郎(たみや・としろう)裁判長の書いた判決文である。2016年9月16日付の福岡高裁那覇支部の判決書は、沖縄県のホームページに掲載されている(現在は、閲覧不可)。
その判決文の一節を受けて安里氏が導き出しているのは次のような結論だ。
つまり、裁判所は、沖縄の民意には、①「普天間飛行場その他の基地負担軽減を求める民意」と②「辺野古新基地反対の民意」があり、「このような民意は沖縄県の特殊事情に基づくものとして十分考慮されるべきである」けれど、各選挙結果などからも、沖縄の民意は、二者択一を前提としての①なのか、②なのか、よくわからないと言っているのです。したがって、沖縄の民意は①及び②であり、二者択一の関係にないこと明確に示す必要があります。そのためには、県民投票がとても有効なのです。(『沖縄発 新しい提案――辺野古新基地を止める民主主義の実践』新しい提案実行委員会編、ボーダーインク)
安里氏はその論考の中で、多くの県民は、選挙で何度も民意を示したと思っているかもしれないけれど、裁判所の受け止め方は違うのだから、その裁判所も認めざるを得ないような「辺野古新基地反対」の民意をシングルイシューで明確に示そう、そのための県民投票を実現しようと強調している。これは1年前の懇談の際に聞いた主張と変わらず、安里氏の考え方にブレはない。
県民投票にはリスクもある
わたしが県民投票実施に対して、簡単に同意できなかった理由は、大きく言うと二つある。
一つは、すでに司法は沖縄県民の信頼を失っているのではないか、ということ。少なくともわたしはそうだ。
安倍政権によって沖縄に送り込まれた裁判長が、その政権の意向を忖度して書いたのが、まさに福岡高裁那覇支部の判決文ではなかっただろうか。
そのような裁判長が、今後、県民投票の結果を全面的に正しいものとして受け止めてくれるか。大きな疑問が残る。しかも、判決時の裁判長は、18年夏の人事異動で三重県の津地方裁判所・津家庭裁判所長へ転出している。
極端なたとえ話をすれば、次のように言う裁判長が新たに登場しても不思議ではない。
「辺野古新基地のための埋め立ての賛否を問う県民投票で、埋め立て反対が多数であることはよくわかったが、しかし、普天間基地早期撤去を求めることの賛否は問われていない。その賛否を問う県民投票も必要ではないか」
一笑に付すべきたとえ話とは言えないのではないだろうか。
もう一つの理由は、1997年の「辺野古・海上ヘリ基地」の是非に関する名護市民投票をリアルタイムで取材した経験から来るものだ。公職選挙法が適用されない住民投票への、政権側の異常な介入とそれに刺激された人々の暴走に関しての認識が甘くはないか、という点である。
加えて個人的な心情としては、こうして県民投票について考え続けることさえ、気の重くなる側面があった。
安里氏含め県民投票を実現しようと頑張っている人たち、逆に県民投票は百害あって一利なしだと厳しく批判している人たち、その双方に、信頼し尊敬できるたくさんの友人知人がいるからである。どちらも間違いなく、辺野古新基地建設反対の思いを強く抱く人たちであり、わたしから見ればあくまでも「仲間」だ。
もっと率直な実感を言うと、わたしと同じような立場で苦しさを味わいながら「みんな仲間だよ。ここで新基地建設ゴリ押し派(=政府・国政与党)による民意分断工作に引っかかってしまってはダメだよ」とハラハラしながら見守っている友人知人が非常に多いのも事実だった。
翁長知事が「埋め立て承認撤回」を表明
だがここに来て、辺野古新基地建設ゴリ押しを許さない沖縄の民意は、今あらためて大きなうねりをつくり出そうとしている。
2018年7月27日、そのうねりを象徴する出来事があった。
翁長雄志・沖縄県知事(8月8日に急逝)は県庁で記者会見を開き、辺野古新基地建設をめぐって仲井真弘多(なかいま・ひろかず)前知事が行った「埋め立て承認」(2013年12月)を「撤回」する正式な手続きに入ることを、ようやく表明したのだ(思えばこの記者会見が、翁長氏が公の場に姿を見せた最後となった)。
ようやく、と書くのには訳がある。
この撤回表明を、新基地建設阻止を望む多くの県民がどれほどしびれを切らして待ち続けたかを、わたしはいやというほど知っているからだ。7月に入ってからは連日、市民団体の代表たちや有志個人のグループなどが、入れ代わり立ち代わり県庁へ「即時撤回」を要請するために詰めかけていた。
7月18日には友人たちが主体となった要請行動があり、わたしも賛同者兼取材者として同行している。