安倍晋三氏が自由民主党総裁選に連続3選を果たし、安倍氏がこだわる「悲願の改憲」への動きが加速するのではないかと言われている。2017年に改憲論議について寄稿していただいた南部義典さんに、最近の憲法改正国民投票への動きについて分析をお願いした。
局面打開を睨んだ布陣
「国の理想を語るものは憲法です。(衆参両院の)憲法審査会において、政党が具体的な改正案を示すことで、国民の皆様の理解を深める努力を重ねていく。そうした中から、与党、野党といった政治的立場を超え、できるだけ幅広い合意が得られると確信しています。そのあるべき姿を最終的に決めるのは、国民の皆様です。制定から70年以上を経た今、国民の皆様と共に議論を深め、私たち国会議員の責任を、共に、果たしていこうではありませんか。」
安倍総理は第197回臨時国会冒頭の所信表明演説で、憲法改正に取り組む決意をこのように述べました(2018年10月24日)。この決意を強力に推し進めるべく、さらに総理は、自民党の役員人事において真っ先に、側近の下村博文氏を憲法改正推進本部長に据えました。続いて、衆議院憲法審査会 の幹事6名(与野党全9名のうちの自民党枠)を総入れ替えし、自らに近い新藤義孝氏をその筆頭に、下村氏を次席に充てるという人事案を立てました。これまで筆頭、次席を務めてきたのは、(野党との)協調派と称される中谷元、船田元の両氏でしたが、今回の自民党総裁選挙(2018年9月20日)では彼らは共に「安倍不支持」であり、これまでも総理独断の憲法改正路線を批判する場面がたびたびあったことから、「御役御免」と追い払おうとしているわけです。また、憲法改正の手続き過程に大きな影響を与える人事では、自民党の最高意思決定機関である総務会のトップに加藤勝信氏を、衆議院議院運営委員長に高市早苗氏をそれぞれ充てています(いずれも安倍側近)。
こういった動きに対して、新聞・テレビ等は「改憲シフト」「粛清人事」などと表現し、なかでも一部のメディアは、「自民党がこの『改憲シフト』と『数の力』を背景に、強引に憲法改正論議を推し進めていくであろう」と危機感を煽っています。安倍総理が、新たな布陣によって憲法改正論議の局面打開を図ろうとしたことは間違いありませんし、この議論がどこまで進むのかが臨時国会の焦点の一つであることは間違いないでしょう。
しかし私は、自民党の「改憲シフト」は脅威でも何でもなく、熱狂的な憲法改正支持層に対する格好付け(ポーズ)に過ぎないと考えています。また、国民投票法など憲法改正の手続きについて定めているルールを確認すると、総理個人の決意や自民党の積極姿勢とは裏腹に、容易には乗り越えられない課題が、いくつも残っていることが分かります。私はちょうど1年前、「それでも、改憲論議は進まない――立ちはだかる5つの課題」という論稿をウェブイミダスに寄せていますが(2017年11月17日)、「それでも進まない」という思い(結論)は、まったく変わっていません。
本稿は、この1年間の政治状況の変化を踏まえつつ、「改憲シフト」が見せかけだけのものであり、手続き論、制度論から見てリアリティを欠く憲法改正論議が繰り広げられようとしている情勢を改めて論じます。
自民党案の「提示」とは?
憲法改正推進本部長に就任した下村氏は、臨時国会の召集が近づくタイミングで、「憲法審査会において、自民党の憲法改正案(2018年3月25日、党大会決定)を議論したい」と、メディアを使って繰り返し、国民、各党に対してシグナルを送り続けました。これは、憲法改正論議そのものを本格的にスタートさせる態度表明にも見えます。しかし、次の2点に注意し、下村氏の発言は割り引いて受け止める必要があります。
第一に、下村氏が念頭に置いているのは、憲法改正案の「提示」であって、「提出」ではないという点です。用語は似ていますが、法的、政治的な意味合いはまったく異なります。
「提出」とは、通常の議員立法をイメージしていただければいいのですが、法律案などを国会法、議院規則に拠る正規の手続きに従って、議案の形式を整えて国会審議に乗せることを指します。憲法改正の場合は、何名かの議員が憲法改正(原)案の提出者となり、一定数(衆は100名、参は50名)以上の賛成議員の名を連ねて、議院の事務局に提出するプロセスを経ます。最終的に衆参総議員の3分の2以上の賛成で発議されるという、その議決の対象となる憲法改正(原)案を出す行為が「提出」に他なりません。
一方、「提示」とは、議案として正規に扱われることを予定せず、議論の相手方にその内容を示すことに止まります。下村氏は、憲法審査会に自民党の意見を「提示」したいと望んでいるわけですが、考えられるイメージは、自民党大会で決定された文書(「憲法改正に関する議論の状況について」2018年3月26日付)を各党会派の出席議員に配付し、議論を始めてもらうという程度のものです。自民党案を説明した後、各党会派からせいぜい10分程度のコメントをもらって、1時間程度の自由討議を行っておしまいという、一度限りの話に過ぎないのです。
報道によれば、高村正彦氏(自民党の憲法改正推進本部最高顧問)が安倍総理に面会した際にも、臨時国会の会期中に目指すのは憲法改正案の「提出」ではなく「提示」であることが確認されています(2018年10月3日)。しかし、広く一般的には「提出」と誤解されてしまっているのではないでしょうか。
第二に、仮に、憲法改正案の「提示」が行われたとしても、その後の「提出」が行われるとは限りません。国会における憲法改正案の「提示」は初めてのことと、固唾を飲んで成り行きを見ている方もいるかもしれませんが、過去にも行われた例があります。
それは14年前のことです。2004年8月5日の衆議院憲法調査会(憲法審査会の前身に当たる機関)において、自民党の保岡興治議員が同党の憲法改正プロジェクトチームがまとめた「論点整理(案)」(2004年6月10日公表)を提示し、その内容を説明したことがあるのです。当時はまだ、国民投票法が整備される前であり、憲法調査会には憲法改正(原)案を審査する権限 が与えられていませんでした。自民党はその後、新憲法草案(2005年10月)、日本国憲法改正草案(2012年4月)と続々と憲法改正案を公表してきたにもかかわらず、具体的な憲法改正(原)案を国会に提出したことはありません。憲法改正案を正式な議場でないところで「提示」し、その内容を説明したからといって、その後の議論は必ずしも意味のある形で進展しないのです。数年に一度の国政選挙で、自民党議員の顔ぶれと役職が変わり、議院構成自体がリセットされてしまうからです。これから行われようとする自民党憲法改正案の「提示」も、ある意味で14年前の繰り返しであり、目新しい効果的な打開策になるとは考えられません。
そして、同じく2004年8月5日の衆議院憲法調査会では、民主党の枝野幸男議員、公明党の赤松正雄議員も同様に、党の立場(議論の進捗状況)を説明しています。当日は自民党案の提示と説明のためだけに憲法調査会が開かれたわけではないことを、あえて強調しておかなければなりません。下村氏は今回、憲法審査会で自民党案のみを議題に上げることを念頭に置いており、他の政党会派との幅広い合意形成を目指すという、政治的な意味での「糊代」(のりしろ)をまったく持ち合わせていないのです。誤解を恐れずに言えば、自民党は単独で「衆参総議員の3分の2以上の賛成」という憲法改正発議の要件を超えられない状況が続いているにもかかわらず、他の政党会派との幅広い合意形成を度外視した「独断路線」に徹しようとしているのです。これこそ「自己満足」以外の何物でもありません。
熱狂的な憲法改正支持層はこの点にいつも騙され、「独断路線」は即ち「百害あって一利なし」であることが理解できないでいます。自民党(安倍総理)が率先して他の政党会派との幅広い合意形成をどんどん困難にしているというのが、現実の(皮肉な)政治状況です。
衆議院憲法審査会
2007年の国会法改正により、憲法および憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案の発議も行う機関として、両院に憲法審査会を設置することが規定された。
ちなみに衆議院では
・憲法調査会(2000年1月~2005年9月)
・憲法調査特別委員会(2005年9月~2007年6月)
・憲法審査会(2007年8月~現在)
という系譜をたどっています。
憲法調査会には憲法改正(原)案を審査する権限
憲法調査会と憲法審査会は、憲法及び憲法に密接に関連する基本法制に関する調査を行う権限を持っている点では共通していますが、憲法調査会は、憲法改正原案、国民投票に関する法律案を審査する権限を与えられていなかったという点が異なります。参考:国会法102条の6
改憲4項目
2018年3月に自民党憲法改正推進本部がまとめた。(1)9条の改正、(2)緊急事態条項の追加、(3)教育の充実(無償化)、(4)参院選合区の解消 を内容としている。