「外交の安倍」の6年余りを振り返るこのシリーズの最後は、「対米従属の深化」以外にこれといった成果がないにもかかわらず、なぜ安倍政権の支持率は下落しないのか、そのナゾに光を当てたい。
政権・メディア・国民がシンクロ
令和初の国賓として来日したトランプ米大統領が、令和初の大相撲夏場所で、令和初の優勝力士、朝乃山に米国大統領杯を授与――。
2019年5月1日の改元以来、どんなニュースにも「令和初の」を付けたがるメディア報道を見ると、日本人が今置かれている「内向き」な精神構造がよく透けて見える。土俵に上がったトランプが表彰状を読み、「レイワ・ワン(令和1年)」と結ぶと、会場には「どよめき」が起きたそうだ(「朝日新聞」19年5月27日)。「どよめき」の理由を想像すると、「世界のトップリーダーも『令和』を公認してくれた」ということか。自尊心をくすぐられたのだろう。
大統領が「レイワ」を発信してくれたこと、懸案の日米貿易交渉の妥結時期を「参院選後」にしてくれたこと。この2点だけで、安倍にとって「令和初の日米外交」の目的は半分以上達成したのではないか。
4月初めに始まった「改元狂騒曲」ほど、見事に成功した「政治ショー」はないと思う。指揮者は「一丸となって」が大好きな安倍。彼が振るタクトにメディアが合奏し、多くの人々が踊りまくった。 政権・メディア・国民の三者が、うまくシンクロナイズしたのである。
経済停滞と日本の存在感・発言力の後退――。自信喪失状態にあるはずの日本人が、その裏返しとして「日本人としての誇り」や「一体感」を“共有”できる絶好の機会を得た、ということなのだろう。だとすれば、こんな安上がりな「ナショナリズム」製造装置は、ほかに見当たらない。
外交評価低いが、支持率は上昇
「安倍外交」への国民の評価は決して高くない。内閣府が19年4月5日に発表した「社会意識に関する世論調査」によると、「現在の日本で悪い方向に向かっている分野」という質問(複数回答)に、「外交」を挙げた人は37.5%と、1年前より12.6ポイントも急増した。その理由としてメディアは「韓国人元徴用工問題など悪化の一途をたどる日韓関係や、進展が見えないロシアとの北方領土返還交渉などが影響したとみられる」(共同通信)と分析した。
だが安倍政権の支持率は逆に上がっている。改元をはさむ4月と5月の2回のNHK世論調査 を見ると、3月と比べて5~6ポイントも上昇した。
毎日新聞、朝日新聞の調査でも支持率は上昇し、40%台半ば。共同通信調査では前回調査より1.4ポイント減少したが、それでも50.5%という高さである。
米中貿易戦争の激化と長期化のあおりで、日本の対中国輸出が減少。景気は事実上後退局面に入り、秋には消費増税が待ち構える。スイスのビジネススクールが5月28日に発表した19年の「世界競争力ランキング」で、「日本の総合順位は30位と前年より5つ順位を下げ、比較可能な1997年以降では過去最低となった」(「日経電子版」、19年5月29日)。
日本の地盤沈下は鮮明なのに、なぜ安倍政権の支持率は上がるのか。
支持理由は、NHK調査では「他の内閣より良さそうだから」が50%と半分を占める。積極支持ではなく、「他と比べて」という消去法的な選択であることが分かる。
片山杜秀慶応大学教授はその背景について「(日本は)自動的に大政翼賛会化しています。55年体制のような与野党のイデオロギーの差異がない。思想や政策に十分な相違がないとすれば、有権者は同じことをやるなら経験を積んでいる政党の方が安全と考える」と説明している(「日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる」「日刊ゲンダイDIGITAL」、19年5月20日)。
世論づくり進める政権
「三者のシンクロ」には、安倍という「指揮者」がいる。自民党の二階俊博幹事長は5月27日、日米首脳会談が終わった直後の記者会見でこう述べた。
「皆さんのご協力で報道量が格段に増えて、安倍外交の成功を内外にアピールすることが出来たと思っております」。シンクロ構造を見事に説明してくれている。
自民党は、改元にあわせて5月1日から「新しい政治の幕開けを宣言する」という広報戦略 を打ち出した。自民党が、世論形成を意図的かつ組織的に進めているのは明らかである。NHKの報道番組「クローズアップ現代」が2016年3月、番組の顔であった人気キャスターの降板と併せて「リニューアル」されたのは、安倍政権に近い籾井勝人前会長の下でのことだ。
しかしここで問題にするのは、政権による言論介入や圧力という「外在要因」ではない。メディアと世論の両者に内在する要因と、両者の相互関係である。
「朝日新聞DIGITAL」(19年5月23日)は「縮まるNHKとの距離感」と題する記事で、NHK元幹部の「政治からの口出しやNHKの忖度もあるが、政権を支持するふくれあがった世論に迎合しているという側面も大きいのではないか」という発言を紹介している。
しかし、世論はメディアの影響力から自立して存在しているわけではない。世論が、メディア報道によって「つくられている」側面は軽視すべきではない。
「大戦が天皇の名において遂行された事実がほとんど語られない現実。皇室批判を許さない構造を作っているのは報道機関自身。『陛下・殿下・さま』という敬称を使い、特別な対応を続けている」と、指摘するのは根津朝彦立命館大学准教授(「好書好日:皇室タブー、今も続く自主規制」「朝日新聞DIGITAL」19年5月22日)。先の二階発言も、メディアの世論形成の役割を率直に認めているものだと言ってよい。
「日本ボメ」の氾濫
「三者のシンクロ」によって形成された世論は、日本人が今抱えている「内向き」な精神構造を象徴している。それが安倍政権支持率の高止まりを支える現状肯定にもつながっている。これが私の仮説である。
「それ」が気になり始めたのは、11年3月11日の東日本大震災の直後あたりからだ。テレビは「頑張れニッポン」「日本の力を信じてる」と、タレントが合唱する「公共広告」を毎日垂れ流した。「世界が驚いたニッポン!」(テレビ朝日)、「世界!ニッポン行きたい人応援団」(テレビ東京)など、“ガイジン”の目から「日本人の素晴らしさ」を誇る番組も、やたらと目につくようになった。私はそれを「日本ボメ」現象と名付けた。
「3・11」の後の7月23日、中国の高速鉄道列車が浙江省温州で衝突し40人が死亡する事故が起きた。「天声人語」(「朝日新聞」11年7月26日)は、汚職や強権体制の中国で生命が粗末に扱われていることを嘆いたうえで「日本に生まれた幸運を思う」と書いた。
「日本に生まれた幸運」? これも「日本ボメ」の一種だが、そう言うなら福島原発事故で今も避難生活を余儀なくされた人たちは、なんと言えばいいのか。この前年、尖閣諸島(中国名:釣魚島)で、漁船衝突事件が発生した。日本側が逮捕した船長の身柄をめぐり、日中外交問題に発展し、日本世論でも中国脅威論が急激に高まっていた時期に当たる。
「リベラル」とされるメディアを含め、メディアの多くが「中国叩き」を始めた。中国を「敵」にした敵対型ナショナリズムの発露でもあった。書店では「反中嫌韓」本が平積みになった。
中国当局が事故車両をすぐ地中に埋めたのは論外だが、「責任逃れ」「証拠(データ)隠し」などの批判は、「天に唾する」コメントと言うべきだろう。