10月12日に都内で開かれた日本記者クラブ主催の党首討論会。日本維新の会の馬場伸幸代表から「総裁選挙が終わった後、日米地位協定を見直すことへの明言が薄れてきているように思う」と指摘された石破茂首相(自民党総裁)は、このように反論した。
「20年前、私が防衛庁長官だった時、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した。あの時の衝撃を今でも忘れていない。沖縄県警が全く触れられずに、機体は全部(米軍に)回収された。こんなのは主権独立国家ではないと私は思っている。地位協定は改定したい。どんなに大変かはよく分かっているが、必ず実現したいと思う」
歴代の自民党政権は、日米地位協定の改定をタブー視し、問題が表面化するたびに「運用の改善」で対処する方針を採ってきた。日米地位協定の改定を「必ず実現したい」と明言する政治家が首相になったのは、自民党政権下では史上初めてのことだ。
在日米軍の法的地位を定める日米地位協定は1960年に締結されたが、今日まで一度も改定されたことがない。日米地位協定の改定は在日米軍の特権に斬り込むことを意味し、米側からの強力な抵抗が予想される。前出の党首討論会では、石破氏自身も「どんなに大変かはよくわかっている」と述べたが、「それでも、あきらめてはいけない」と改定に挑む姿勢を見せた。
はたして、石破政権に日米地位協定改定を実現することは可能なのだろうか。
米国内に自衛隊訓練施設を設置する案は現実的か?
石破氏は、日米地位協定改定をどう実現していこうと考えているのだろうか。その答えは、8月に出版された石破氏の著書『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)の中にある。
〈米国の領域内に自衛隊の訓練施設を設置することも提案しています。在日米軍が存在するから日米地位協定が必要なわけですが、もし在米自衛隊が常時駐留することになればそちらの地位協定も必要になってきます。そうすれば、在米自衛隊の待遇と在日米軍と待遇は同じでなければならないし、そうなって初めて『対等』になるわけです〉
自衛隊が米国(グアムなど)に常時駐留するようになれば地位協定の締結が必要になる→互恵の原則から、在米自衛隊の待遇と在日米軍と待遇は同じでなければならない→現在の日米地位協定が在日米軍に認めている広範な特権と同じものを米国が在米自衛隊に認めることはあり得ないので、在日米軍の特権を減らす方向で日米地位協定の改定が実現する――という「三段論法」である。
しかし、このロジックには「米国と日本が負う防衛義務の非対称性」という重要なポイントが抜け落ちている。
日米安全保障条約は、日本の領域に対する武力攻撃が発生した場合、日米で共同対処すると定めている。一方、米国の領域に対する武力攻撃が発生しても、日米で共同対処するとは定めていない。米国は日本の防衛を支援する義務を負うが、日本は米国の防衛を支援する義務を負わない――この点で非対称な条約となっている。
仮に米国が国内に自衛隊の訓練施設を設置することを認めたとしても、条約上「対日防衛義務」を負う在日米軍と同等の地位(特権)を、訓練のためだけに米国に駐留する自衛隊に認めることは考えにくい。
こうしたことから、日米安保条約を相互に防衛義務を負う「相互防衛条約」に改定しなければ日米地位協定の抜本的な改定は難しいと考える専門家や政治家が日本では少なくない。
石破政権の安全保障担当首相補佐官に就任した長島昭久衆議院議員もこう指摘する。
〈憲法改正か憲法解釈の再変更によって(米韓、米豪、米比と同じように)『太平洋地域における(日米)相互防衛』が可能となれば、日米安保条約を相互防衛条約に改定できます。そうなれば、日米地位協定の改定が視野に入ります〉(10月6日、「X」(旧Twitter)の筆者の投稿への返信で)
石破氏も当然この問題は理解しているだろう。実際、前出の著書の中でも、「日本が(米国との関係の)対称性を確保するためには、国際法上認められた集団的自衛権の行使を憲法上も認め、お互いに守り合う同盟へと進化させる必要がある、というのが私の考えなのです」(括弧内引用者註)と記している。
相互防衛条約にすれば地位協定は対等になるのか?
では、「国際法上認められた集団的自衛権の行使を憲法上も認め、お互いに守り合う同盟へと進化させ」れば、日米地位協定を在日米軍の特権を大きく減らす方向で改定することが可能になるのだろうか。
おそらく、石破氏が「モデル」にしているのはNATO(北大西洋条約機構)だろう。
欧州と北米の30カ国が加盟する北大西洋条約は、加盟国に対する武力攻撃を全加盟国に対する攻撃とみなし、全加盟国が共同で対処することを義務付けている。
NATOは、全ての国に等しく適用される互恵的な地位協定を締結している。そのため、日米地位協定に比べて駐留外国部隊の特権は制限され、受入国の主権が確保される内容となっている。
しかし、米国と「互いに守り合う同盟」関係にある国はNATO加盟国の他にもたくさんあるが、その全てがNATOのように互恵的な地位協定を米国と結んでいるかというと、けっしてそうではない。むしろ、NATOは例外的なケースなのだ。
2015年に米国務省の諮問機関(国際安全保障諮問委員会)がまとめた「地位協定に関する報告書」も、次のように記している。
〈米国との地位協定の特質として、NATO SOFA(地位協定)で合意された極めて重要な例外はあるものの、相互互恵的ではない。つまり、受入国に駐留する米国の軍人・軍属には当時国間で合意した(国内法の)適用除外が認められるが、米国に駐留する受入国の軍隊は、完全に米国法の適用対象となる〉(※沖縄県HPより、括弧内引用者註)