米国はNATO軍に対しては米国内への常時駐留を認めているが、NATO以外の相互防衛条約を結ぶ同盟国に対しては訓練などで一時的に駐留するのを認めているだけである。そうやって非対称な関係を維持することで、駐留米軍の広範な特権を認める地位協定の維持を図っているとも言える。
フィリピンは米国と相互防衛条約を結んでいるが、米軍の常時駐留は認めていない。その意味で「対称な関係」になっているが、地位協定は対等にはなっていない。米比両国は、訓練で相手国を訪問した際の軍隊の法的地位を定める「訪問軍地位協定」を相互に締結しているが、その内容は米側に有利なものになっている。
こうした現実を直視するならば、日米安保条約を相互防衛条約に変えたからといって、駐留米軍の特権をNATO並みに減らす方向で日米地位協定を改定できるとは必ずしも言えないのである。
相互防衛条約がもたらす「戦争に巻き込まれるリスク」
とはいえ、日米安保条約を相互防衛条約に変えた方が日米地位協定の改定交渉がやりやすくなるというのは事実だろう。
ただし、そうした場合、日本にとって別の大きなリスクが生じる。
例えば、首相補佐官の長島氏が述べたように「太平洋地域」を適用範囲とする相互防衛条約に変えた場合、南シナ海で米国と中国の軍事衝突が発生した時に日本も参戦しなければならなくなる可能性が高い。なぜなら、米国がフィリピンと結ぶ相互防衛条約は「太平洋地域」を適用範囲としているが、米国政府は南シナ海も同地域に含まれると明言しているからだ。
石破氏は、アジアでも中国などに対する抑止力を強化するためにNATOのような集団防衛機構を構築すべきだと主張しているが、「副作用」として日本が他国の戦争に巻き込まれるリスクの増大は避けられない。
そもそも、日米地位協定の改定が必要なのは、在日米軍の活動や米兵による事件・事故によって市民の命や安全が脅かされている現実があるからだ。市民の命や安全を守るための日米地位協定の改定なのに、それを実現するために他国の戦争に巻き込まれるリスクを高める選択をするというのは、「本末転倒」だ。
相互防衛条約にしないでも地位協定は変えられる
では、日米安保条約を相互防衛条約に変えなければ、在日米軍の特権を減らす方向で日米地位協定の改定を実現するのは不可能なのだろうか。
筆者は、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(伊勢崎賢治氏との共著、集英社クリエイティブ、2017年)に書いたように、けっしてそうは考えていない。
2008年にイラクが米国と締結した「地位協定」は、米軍の特権を制限し、イラクの主権を広範に確保する内容になっている。駐留米軍の全ての軍事活動は「イラク政府との合意の下実行されるものとする」(※沖縄県HPより、以下同)と明記し、「イラクの主権及び国益を侵害してはならない」と釘を刺している。また、駐留米軍にはイラクの環境法令の遵守が義務付けられている。さらに、「イラクの領土、領海、領空は、他国への攻撃の出発地点もしくは中継地点にしてはならない」と明記し、自国を戦争に巻き込むリスクのある米軍の軍事活動を規制している。
イラクと米国は「互いに守り合う」関係ではなかった。反政府勢力による武装闘争や外国の侵攻など国内外の脅威からイラクの治安と安定を守るため、米軍が同国に駐留して一方的に軍事支援を提供する関係だった。
日米同盟と同様、「非対称」の関係だったにもかかわらず、ここまで米軍の特権を制限し、イラクの主権を広範に確保する内容の地位協定を結ぶことができたのはなぜか。
それは、米国政府がそれを受け入れない限り、米軍の駐留継続を認めないという強い姿勢で、イラク政府が交渉に臨んだからである。
米国は、地位協定によって駐留米軍の特権を最大化しようとするが、譲歩しなければ駐留そのものが危うくなると判断した時には譲歩する。逆に、地位協定で譲歩しなくても駐留が安定的に維持できると判断すれば、譲歩しない。残念ながら、日本は後者の典型例になってしまっている。
「日本の防衛は米国に依存している」という大いなる誤解
この米国の判断を支えているのが、日本国民の中に深く浸透している「日本の防衛は米国に依存している」という認識だ。だが、これは事実ではない。
かつて海上自衛隊の自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏は、在日米軍の性格について次のように述べている。
〈我が国は防衛任務を専ら自衛隊が担います。その任務から解放された在日米軍は、同盟により全世界に展開する米軍の中で、アメリカの世界戦略を唯一直接支える重要なツールとなっています。このことから、日米同盟に基づく在日米軍は、日本海から中東まで世界のホットスポットに米軍を展開させる際に不可欠な、重要拠点となっているのです〉(『北朝鮮がアメリカと戦争する日』幻冬舎新書、2017年)
今や日本の防衛は、自衛隊が専ら担うようになっているのだ。日米安全保障条約上は米国には対日防衛義務が課せられているが、自衛隊の能力が強化された結果、在日米軍はその任務から解放され、現在はアジアから中東にかけての地域に米軍を展開させる上で不可欠な拠点として米国の世界戦略を支える重要なツールとなっているという指摘だ。「日本の防衛は米国に依存している」というのは、「大いなる誤解」なのである。
この事実認識に立つならば、まだ自衛隊の能力が不十分で日本の防衛を米国に依存せざるを得なかった64年前に結ばれた日米地位協定の改定を要求するのは当然のことであり、遠慮する必要は一切ないはずだ。