6者協議の二つの意味
北朝鮮とアメリカ、ロシア、中国、韓国、日本で構成される6者協議(6カ国協議)は、2007年2月13日、共同声明を履行する初期段階措置に合意した(「北京合意」)。しかし、その履行を目指した3月の第6回6者協議は、早くも休会に追い込まれた。05年9月に、完全な非核化の原則に合意する共同声明を採択した6者協議であったが、北朝鮮はアメリカの金融制裁に反発し、06年10月、核実験を強行。その後の空転を経たのちに実現した今回の初期段階措置は、何を目指すのか。予測される問題点とは何か。これまでの6者協議を振り返りつつ考えてみたい。本来、6者協議は二つの意味をもつ枠組みであった。ひとつには、北朝鮮に対して、核放棄の代わりに経済・エネルギー支援を行う集団的支援の枠組みであり、もう一方では、北朝鮮が核開発に固執すれば、国連安全保障理事会による懲罰的措置もありうることを示す集団的圧力の枠組みでもあった。
05年9月19日、6者協議は共同声明を採択し、朝鮮半島の完全な非核化のための原則を確認した。しかし06年10月9日、北朝鮮がアメリカによる金融制裁の発動に反発する形で核実験を強行し、これに対して国連安保理決議1718が採択された。この時点で6者協議は集団的圧力としての効用を失ったといってよい。ところが、この決議は、大量破壊兵器に関連する物品の禁輸を決定する一方、6者協議の早期再開を求めており、6者協議が形を変えながらも存続することを示唆していた。
事実、中国を介して6者協議の再開が合意されたのに続き、米朝両国が07年1月にベルリンで2国間協議をもち、これを受けて2月、北京で第5回6者協議第3セッションが開かれた。ここで6者は、共同声明を履行するための初期段階措置に合意をみたのである。
「初期段階措置」とは何か
この「北京合意」は初期段階措置を、①合意の成立した日から60日以内にとられる措置、②それ以降にとられる措置の、二つの段階に分けている。①でとられる措置の核心部分は、寧辺の核施設を閉鎖することである。その監視、検証のためIAEA(国際原子力機関)の査察官を北朝鮮に戻すことにも合意をみた。5者は、北朝鮮がこれ以上核物質を蓄積しないことに優先順位をおいたことになる。
この段階の措置としては、北朝鮮が放棄すべき核計画を記載した一覧表を提示し、これを5者と協議することも挙げられる。今回の核危機は、北朝鮮が秘密裏に高濃縮ウラン(HEU)計画を進めている、との疑惑に端を発するが、北朝鮮はその存在を認めてはおらず、北朝鮮が計画を一覧表に明記するかは疑問視される。
さらに6者は、共同声明実施のための具体的協議機関として、(ア)朝鮮半島非核化、(イ)米朝国交正常化、(ウ)日朝国交正常化、(エ)経済およびエネルギー支援、(オ)北東アジアの平和および安全メカニズムに関する五つの作業部会を、30日以内に設置することに合意した。
「北京合意」では、北朝鮮が核施設の閉鎖を終えれば、北朝鮮に重油5万t相当の緊急エネルギー支援を提供することで合意されたが、これについては(エ)の経済およびエネルギー支援に関する作業部会で、韓国が全面的に負担することで合意された。
また、(イ)の米朝国交正常化については、アメリカが北朝鮮をテロ支援国リストから除外する作業を開始すると記されており、クリントン政権末期の米朝「反テロリズム共同声明」を再確認する形になっている。
「北京合意」で、「ある作業部会における作業の進展が他の作業部会における作業の進展に影響を及ぼしてはならない」と記されたのは、米朝国交正常化に関する作業部会が、拉致問題で紛糾が確実視される日朝作業部会に影響されずに進展すべき、とする北朝鮮の意向を反映している。
集団的支援の枠組に転化
他方、初期段階のうち②の段階について、北朝鮮がすべての核計画について「完全な申告」を行った上で、すべての核施設を「無能力化」すると記されている。この措置は、「初期段階措置および次の段階」でとられるとされ、期日は明記されていないが、その間、北朝鮮に重油95万t相当の規模を限度とする経済・エネルギー支援が提供されることになっている。なお、これについては「北朝鮮への支援分担に関する合意議事録」のなかで、中国、アメリカ、ロシア、韓国が「平等と公平の原則」で分担することに合意したとされながらも、日本は「自国の憂慮事項が扱われるのに従って」支援に参加することになった。「憂慮事項」とは拉致問題を指し、日本は拉致問題の進展をみて支援に参加することになる。
さらに、「北京合意」では、共同声明の実施を確認し、安全保障協力の促進のため6者閣僚(外相)会議が予定されている上に、共同声明を確認する形で、朝鮮半島での恒久的平和のため、「直接の当事者」による「適当な話し合いの場」を設けることも合意されている。
「恒久的平和」とは、軍事停戦協定の平和協定への転換を意味する。「直接の当事者」とは、軍事停戦協定の事実上の署名者である北朝鮮、アメリカ、中国、そして韓国を指し、6者協議の枠内で4者会談が開かれることになる。
「北京合意」は、北朝鮮がこれ以上、核物質を蓄積しないことを重視したもので、核施設の閉鎖・無能力化など、それらを再稼働できない措置が含まれているが、一方で経済・エネルギー支援も合意されている。これは、1994年の米朝「枠組み合意」に似たアプローチといえるだろう。6者協議はもはや集団的圧力ではなく、集団的支援の枠組みに転化したといってよい。また、米朝国交正常化をはじめ、北朝鮮が望む地域取り決めをつくり、それを非核化に結びつけるというアプローチも、94年の米朝「枠組み合意」を援用している。
アメリカの「金融制裁」解除
このように「北京合意」でアメリカは、朝鮮半島の完全な非核化の原則から大きく後退したが、原則からの後退は金融制裁にもみられた。6者会談が2005年9月に共同声明を発表した直後、アメリカ財務省はマネーロンダリングの疑いがあるとして、マカオにあるバンコ・デルタ・アジアの北朝鮮関連口座に対する制裁を発表した。しかし、北朝鮮の核実験を経て、その合法部分の解除を検討せざるをえなくなった。北朝鮮もまた、3月19日からの第6回6者協議では、金融制裁の全面解除に照準を定め、それを初期段階措置と絡めてアメリカに譲歩を求めていた。第6回6者協議でアメリカは、北朝鮮の初期段階措置を完全に履行させるために、金融制裁の全面解除に踏み切る決断を下した。これは明らかに反マネーロンダリングの世界の潮流にも逆行しているが、北朝鮮に核実験を許す結果を招いた後になって金融制裁を解除したアメリカの姿勢が問われる形となった。
にもかかわらず、北朝鮮側首席代表の金桂冠は、資金の全額返還が確認されないとして、最終日の会合に出席せずに帰国し、第6回6者協議も休会に追い込まれた。北朝鮮が次に射程に置くのは、テロ支援国リストからの除外である。いまや6者協議の最大の推進力は、北朝鮮が求める米朝関係の改善にあるといってよい。