レバノンとイスラエル内政の混迷
2006年8月11日、国連安全保障理事会(安保理)は、レバノンでのイスラエルとシーア派原理主義組織ヒズボラとの戦闘行動の停止を求める決議(1701)を採択した。同決議を受け、初めてレバノン政府軍が南レバノンに展開したほか、トルコやヨーロッパ諸国も参加した拡大UNIFIL(国連レバノン暫定軍、計約1万2000人)が監視を開始した。国連軍が破格に強化されたこともあり、停戦はおおむね維持されている。一方、レバノン内政は、同年秋ころから、シニオラ政権(反シリア派)とヒズボラなど親シリア派との対立が激化し、11月には親シリア系5閣僚が辞意を表明し、12月から無期限の座り込みを開始した。レバノン内閣は定数割れで機能せず、内部対立激化のため国会も開催できず、政府はまひ状態にある。07年秋には、新大統領を選出しなくてはならないが、最悪の場合、大統領機能もまひする可能性がある。
内政的な膠着(こうちゃく)に加え、07年5月20日から、北部のパレスチナ難民キャンプで、レバノン政府軍とイスラム過激派「ファタハ・アル・イスラーム」の戦闘が激化した。難民キャンプを戦場とした戦闘は、約3カ月間続き、レバノン軍兵士162人を含む427人が死亡した。指導者は逃亡し、ファタハ・アル・イスラームは、親シリアの組織、あるいはアルカイダ系組織といわれるが、実態はまったくわかっていない。
一方、イスラエル側では、ヒズボラとの戦闘を指導した首相、国防相、参謀総長への非難と不満が高まり、参謀総長と軍幹部数人が辞任したほか、国防相も交代した。07年末までに、ウィノグラート調査委員会が、戦争指導の詳細についての報告書を発表する予定で、その内容によってはオルメルト首相の辞任もありうる。
首相の支持率は、数%にまで低迷し、建国以来最低になった。ヒズボラに拘束されたイスラエル軍兵士の消息は不明。
イスラエルは、ヒズボラのロケット弾の脅威に対する対応策をまだ構築しておらず、イスラエル人の間では、ヒズボラとの再度の戦闘は不可避との見方も多い。
緊張するイスラエルとシリアの関係
06年の第2次レバノン戦争の際、イスラエルとシリアの緊張も増大した。シリアは、南レバノンに侵攻したイスラエル軍の動きに神経質になり、同年7月下旬、イスラエル軍が自国の国境付近に接近することに対して警告をした。停戦後は、イスラエルが、イランからの武器がシリア経由でヒズボラに密輸されることを警戒した。こうした軋轢(あつれき)もあり、両国の紛争の焦点であるゴラン高原をめぐる情勢が緊張した。
07年に入るとイスラエル軍が、シリア側の軍備増強に対する警戒を高め、部隊配置を強化した。イスラエルは、シリア側に戦争意図がないとのメッセージさえ送ったといわれた。イスラエル軍が、ようやくゴラン高原での警戒態勢を解除したのは8月末だった。
9月6日、シリアは、イスラエル空軍機複数が、北部領空を侵犯したと抗議した。トルコも領空侵犯を抗議した。シリアは、イスラエル軍機が弾薬を落とした、と曖昧(あいまい)な非難を行った。
9月11日、アメリカのCNN放送は、イスラエル軍機が、シリア北東部にある、イランからヒズボラ向けの武器貯蔵庫を空爆したと報道した。アメリカ国防総省筋は、空爆を確認したが、目標は明言していない。シリアは、イスラエル軍機の領空侵犯について国連に公式に抗議した。イスラエルは、終始沈黙を守っている。
イスラエル空軍のシリア領空侵犯は、2000年以降で3度目になるが、このような不可解な領空侵犯は初めてである。
分裂状態のパレスチナ
パレスチナでは、06年春、イスラム武装組織ハマス主導の内閣が発足したが、国際的な孤立が続いた。サウジアラビアの仲介もあり、07年3月、最大派閥ファタハとハマスの挙国一致内閣が成立した。しかし、欧米諸国は、ハマスが参画する内閣に対する財政支援の凍結を継続した。こうした中、ファタハとハマスは、治安部隊の統合をめぐり軋轢が増大した。内相が辞任するなどの騒ぎの後、6月中旬、ガザ地区でファタハ系治安部隊とハマスの執行部隊の間での銃撃戦が発生し、ハマスがファタハ系治安部隊の本拠地を占拠し、ガザを実効支配するに至った。ヨルダン川西岸は、アッバス議長のファタハが押さえた。
ハマス側は、ファタハの一部腐敗勢力に対する攻撃であって、ファタハ攻撃ではないとしたが、アッバス議長は、ハマスの行動をクーデターと非難、対決姿勢を強めた。
アッバス議長は、内閣更迭(こうてつ)、新内閣組閣など一連の措置を取り、ハマスとの関係断絶を図った。欧米諸国やイスラエルは、アッバス議長支援のため財政支援の凍結解除を行い、ハマス孤立化を強化した。
ファタハとハマスの間で、大きな戦闘はないが、政治対話の復活など和解の動きは弱い。ヨルダン川西岸には、国際的な財政支援が流れ込んでいるが、経済封鎖状態のガザは、地場経済の崩壊が懸念されている。
国際支援を取り付けたアッバス議長だが、外交面での実績をテコにして、内政面の立て直しを図る議長の、国内での足場は弱い。過度にイスラエル、アメリカ寄りだとの批判もある。
ハマスは、内部抗争激化による政治的変化自体をないことにして、従来のままの政策を維持しようとしている。
国連は、近々、ガザ経済が崩壊し、150万人が国連の食料支援に依存する事態になると警告している。
ブッシュ政権の中東政策
一方、任期1年半を切ったブッシュ政権は、中東和平問題で何らかの進展を図ろうとしている。07年7月16日、ブッシュ大統領は演説を行い、中東和平に関する国際会合を提唱した。イスラエル、パレスチナは、内政的な不安定要因をかかえつつ、アメリカの圧力もあり、本格的な和平交渉に臨む構えである。外交的な進展が、内政面に前向きの波紋を与えるかもしれないが、内政の不安要素が、外交交渉の足かせになる懸念のほうが強い。
アメリカは、ハマスを排除して和平交渉の進展を狙っている。アラブ連盟は、会議開催に前向きであるが、レバノン、シリアの参加を求めている。
政府が機能しないレバノン、外交的孤立が継続するシリアが参加すれば、別の混乱が生まれるかもしれない。