持続する経済成長と軍事力増強
中国は長期にわたり高度成長を続け、軍事力を増強し、活発な外交活動を展開している。GDP(国内総生産)は今やイギリスを抜いて世界第4位に躍進し、ドイツを超えるのは数年後、日本を超えるのは10数年後といった観測にも真実味が出てきている。貿易量も、2004年に日本を抜いて世界第3位となった。日本の対中貿易依存度も増大し、06年には、日本の対中貿易総額は対米貿易とほぼ肩を並べるまでになった。こうした傾向は、韓国、台湾、ASEANなどでも同様である。
軍事力の増強・近代化も著しい。公表された国防費で見ても、1991年以来前年比2ケタ台の増加を続け、2004年には255億ドル、05年は299億ドル、そして06年は450億ドルと、一段と増加傾向を見せている。アメリカ国防総省の分析では、実際には05年で900億ドル前後。それは当然にも新型戦闘機、ミサイルの増強、ハイテク兵器の強化などをもたらしている。
こうした変化が、「中国脅威論」の主要な根拠になっていることは疑いない。しかしより注目すべき点は、こうした軍事力の増強と併せて、中国が周辺諸国を中心に地域安全保障協力を積極的に展開していることである。例えば、現段階では象徴的な意味しか持たないが、03年に東南アジア友好協力条約(TAC)に調印し、さらに04年のASEAN地域フォーラム(ARF)において、李肇星外相(当時)が「地域安全保障協力に積極的に参加する」と表明し、第1回安全保障政策会議を中国で開催することを提案・決定した。また03年8月に始まった北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議でも、中国は積極的にイニシアチブをとっている。上海協力機構は、03年以来国際テロリズムへの対処を目的とした合同軍事演習を実施するようになった。さらにその首脳会議では、中央アジア在留米軍の早期撤退を要求し、同時にインド、パキスタン、イランのオブザーバー参加を認めている。
こうした動向が何を目指しているのか、真の狙いは十分には明らかではない。しかし総合的に見れば、アメリカの影響力が相対的に弱い近隣地域で、安全保障レベルでの協力関係を構築しようとしていることが読み取れる。
地域協力重視へと転換する中国外交
中国の対外戦略に重大な変化が示されたのは、02年11月の、中国共産党第16回党代表大会(以下「第16回党大会」)の時であった。国家戦略として、まず「中華民族の偉大な復興」を掲げ、20年には00年のGDPの4倍増、すなわち4兆数千億ドルを実現すると言明した。これは経済の全体的な規模として日本と肩を並べることを意味する。名実ともにアメリカに次ぐ世界第二の大国を目指すと宣言したと言ってよい。同時に、この第16回党大会以降、国際社会との協調姿勢が一段と強調されている。()()
06年8月の中央外事工作会議で胡錦濤国家主席は、国内と国際の大局を統一的に把握し、平和的発展の道を堅持し、相互利益、プラス・サムの開放戦略を堅持し、「和諧世界」(調和のとれた世界)の建設を推進し、「人民を根本とする」思想を堅持しよう、との戦略の全体像を示した。これが今日の基本的な発想の基にあると考えられる。ただの「大国」というだけでなく、国際社会からの評価を受ける「責任ある大国」「存在感のある大国」、これが最大の戦略的目標なのである。
具体的に見ておこう。中国の外交はこれまで、具体的問題に関しては基本的には当事者二国間交渉が原則で、他方にグローバルな大戦略(例えば「大三角論」=米ソ中のパワー・ゲーム論など)があっても、その間の中間的戦略空間を構想することはなかった。しかし先述のように、近年、中国は周辺地域との協力メカニズムの構築に積極的に乗り出すようになり、第16回党大会以降、東アジアを中国にとって重要な戦略的地域空間と考えるようになった。それはやがて「東アジア共同体論」に発展していく。
なぜ中国は従来の志向を転換し、これほどまで熱心に「地域共同体」の創設を目指すようになってきたのか。まず、東アジア域内協力枠組みの構築・進展が、近隣諸国との安定的な経済相互依存関係を生み出すこと、また国際社会のリーダーとしてふさわしい評価と敬意を受けることで、「中華民族の偉大な復興」の実現に貢献するからだということができよう。
アメリカ一極中心秩序への揺さぶり
しかし、そうした意味にとどまらず、将来、国際社会全体に影響を与える独自の「東アジア秩序」の枠組み構築に向かうことが目指されているように見える。まず何よりも、この地域がブロックとして力量を増してゆき、そのなかで、当面は抑制的であっても、中国のイニシアチブが発揮できれば、アメリカの内政干渉(チベット・台湾問題、民主化など)を回避することができる。さらに長期的に見れば、中国が従来から根底的には納得していない「アメリカ一極中心秩序」に揺さぶりをかけられると考えているようである。つまり一定の時間(10~20年か)をかけて、「北米+欧州連合(EU)+東アジア共同体(EAC)」の「3圏中心型国際秩序」の形成を構想しているように見えるのである。もっともこの場合最大の問題は、やはりアメリカとの関係である。中国としては軍事力の増強を図り、周辺諸国と安保協力枠組みの構築を目指しながら、アメリカとの摩擦を避け協調関係を維持するというのが、基本的な安全保障戦略であると言えよう。
他方で中国は、東アジア諸国以外との連携をも視野に入れた、いわば全方位的外交の展開への傾斜をも強めているようにも見える。
インドとの関係では、03年10月パジパイ・インド首相の10年ぶりの訪中を受け、05年には温家宝首相がインドを訪問し、中印戦略協力パートナーシップを宣言。ロシアとの間ではインド以上に首脳会議が頻繁に行われている。ヨーロッパとの関係でも、アメリカの反対で実現していないものの、天安門事件以来のEUの対中武器輸出禁止が解禁直前の段階に至っている。
最近注目されるのはアフリカとの関係強化の動きである。06年11月には、第3回中国アフリカ協力フォーラム首脳会議が、アフリカ48カ国の首脳を集めて北京で開かれた。そこでは中国による開発協力や直接投資など、一層の関係強化が強調されている。
アメリカとの関係も、貿易をめぐる対立とは別に、政治的には大いに対話が進み改善されてきている。06年12月には第1回「中米戦略経済対話」が北京で、07年5月には第2回がワシントンで開かれた。「ステークホールダー(利害共有者)」としての関係は深まっている。
噴出する国内問題と「大国化」の矛盾
このように、持続する経済成長や積極的に展開される外交活動を見れば、「台頭中国」はとどまるところを知らないようである。しかし、中国経済は本当に順風満帆なのだろうか。すでに異常な「格差」が、地域・階層間で広がっている。行政・企業エリートの腐敗のまん延も著しい。さらに2010年で30年になる「一人っ子政策」による高齢社会化、エネルギー供給不足、環境汚染の深刻化など、問題は山積している。こうした状況は徐々に社会の不安定化を促しているように見える。実際、デモやストライキが各地で相次いでいる。「中国は確かに急速に発展しているが、それは血を流し、痛みを伴いながらの発展である」というのが私の持論である。そしてその出血や痛みが大きくなり、手当てをしなければ前に進めなくなる状況が近づいてきたように見える。そのためには従来再生産に投資していたものを社会資本の充実に向かわせねばならず、成長の鈍化は必至である。成長鈍化は失業者を増やす。不満や社会不安は今以上に高まるだろう。
国際協調なしでは生きられない中国
こうした数々の難題を考えるとき、中国がもはや国際社会との協調なしには生きていけないことがわかる。