勢いを増す「反移民」「反イスラム」の潮流
27カ国からなる大共同体へと発展し、政治共同体への道を歩むという、ヨーロッパ統合論者の夢とは裏腹に、統合の拡大と深化が進めば進むほど、欧州連合(EU)加盟国内のナショナリズムは排外性を強めている。しかも、こうした排外性に共通するのが「反移民」と「反イスラム」のレッテル貼りだ。むろん、「反移民」と「反イスラム」の排外運動は今に始まったことではない。ドイツではすでに1990年代に、トルコなどから流れ込んできた移民をターゲットにした暴力事件が多発し、刃物生産で有名なゾーリンゲンでネオ・ナチによるものと思われる殺人事件まで発生した。また、フランスでも2005年9月に、北アフリカからの移民が引き起こしたパリ近郊での騒乱事件が引き金となって、「反移民」の世論が沸騰した。サルコジ内相(現大統領)が移民を「社会のくず」と罵倒し、物議を醸(かも)したのは記憶に新しい。
このようなEU域内における「反移民」「反イスラム」の潮流は、ますます勢いを増してきた。「反移民」でいえば、10年のフランスの政治・社会情勢の主軸を彩った、ロマ人の国外追放問題もその一つである。
少数民族ロマ人の国外送還
ロマ人とは、ルーマニアやブルガリアなどから西欧に移住してきた人々のことを指す。ロマの人々はかつて差別的表現として“ジプシー”と呼ばれ、フランスやイタリアなどの国々で社会的底辺を構成する貧困層となっていた。犯罪行為を犯す場合が多いことから、何らかの規制を設けることを求める声が年々高まっていた。こうした声を受けて、フランスのサルコジ政権は10年8月19日に「非定住者」ロマ人約100人をルーマニアなどに送還した。その背景となったのは、同年7月に「非定住者」が警察や商店を襲撃する暴動が発生したことである。この暴動後、サルコジ政権は、ロマ人が居住する違法キャンプの撤去や犯罪者の送還を宣言し、欧州委員会による「EU域内の移動の自由」の原則による懸念表明にもかかわらず、強制送還を実施した。
イタリアも、フランスによる送還を受けて同調する方針を表明、ここでも欧州委員会の憂慮表明と衝突することとなった。移民排斥に積極的な右派政党と連立を組むベルルスコーニ政権にとって、先行するフランスの政策が追い風になった感がある。
むろん、少数民族排斥に対して反対する人権擁護勢力が無言を通したわけではない。フランスではサルコジ政権の送還政策に抗議するデモが10年9月4日に全土で展開された。しかし、その規模は小さく総計7万5000人の参加者にとどまった。フランスの世論の大半は、政府の決定を支持したのである。
高まる「反イスラム」の動き
他方、「反イスラム」の動向も並行して高まっていく。やはりフランスで21世紀に入って、学校でのイスラム教の女生徒による宗教的衣装「ヘジャブ」の着用を禁止する法律の制定が求められるなど、「反イスラム」の世論が次第に浸透していった。10年6月19日にサルコジ政権は、イスラム女性の全身を覆う衣装ブルカや、顔全体を覆うニカブの「公共の場所」での着用を禁止する法案を閣議決定、これを下院が7月13日に圧倒的多数で可決し、上院も9月14日に賛成246、反対1で可決、成立した。この法律により、フランスでは道路、商店、映画館、レストラン、市場などの「公共の場所」で、ブルカやニカブを着用できなくなる。実質的に、外出時にブルカやニカブは着用できなくなってしまった。フランスだけではない。ベルギーではフランスに先駆けてブルカ禁止法が10年4月に成立した。やはり「公共の場所」でのブルカやニカブの着用を禁止する内容からなっており、治安上の必要性と女性解放の観点が立法上の趣旨として掲げられてはいるが、「反イスラム」的色彩は否めない内容となっている。同年6月に同国でブルカ着用の女性高校教師が解雇されたのは、このような「反イスラム」的な風潮を反映した出来事にほかならない。
この動向はスペインにも及び、バルセロナなどカタルーニャ州を中心に全国10市が、10年5月以降、役所での着用を禁止し、政府もブルカ着用禁止の方向で立法化を進めているとされる。
ヨーロッパ右傾化の原因とは?
では、「反移民」「反イスラム」を共通項とするヨーロッパでの右傾化傾向を促してきた要因とは、いったい何か。大きく分けて二つの要因を指摘できよう。
第1に、世界経済の長期低迷を受けて失業問題が深刻化し、雇用機会を奪う移民の増大に社会的危機感が高まったことを指摘しなければならない。第2に、この点と深くかかわる要因として、国民意識の覚醒=ナショナリズムの高まりをあげることができよう。このことは、国民的アイデンティティーの再確認を求める世論の高まりと表裏一体の関係にある。すなわち、移民とイスラム教徒の増大は、キリスト教的価値観を侵食する要因とみなされ、これを排斥することで国民的アイデンティティーを確認し合うというメンタリティーが広く共有される。
スウェーデンで10年9月に行われた総選挙で、「反移民、反イスラム」を掲げるスウェーデン民主党が初めて国会で20議席を獲得し、伝統的に右翼勢力に嫌悪感を示してきた国民意識の右傾化が象徴的に示されたことや、同年6月に行われたオランダの総選挙でも、極右の自由党が9議席から24議席へと躍進したことは、このような要因が見事に反映された結果とみることができる。
08年のリーマン・ショックの大波を受けたヨーロッパ経済は、ギリシャやスペイン、アイルランドなど、次々と財政危機に襲われてきた。経済危機は同時に社会的な亀裂をももたらす。国民の不満はおのずと移民や異教徒の増殖に向けられる。ヨーロッパの右傾化はますます深まるとみて間違いあるまい。