予算も村人の声を聞いて決める。村長執務室には、大きな紙に手書きで書かれた予算案が何枚も束ねられ、日めくりのようにとじられたものがある。
「これを持って村をまわり、予算を説明します」
理想を実現するための努力を惜しまない村長を、村人の多くが尊敬し慕う。一緒に自由通りの遊歩道を歩くと、ベンチに腰かけた老人から乳母車を押す母親まで、誰もが親しみを込めて、彼に声をかける。
「村長は、皆の父親のようなもの」
と、若手議員たち。
抗議して成果をあげる体験こそ変革の力
近年マリナレーダ村は、経済危機のツケを国民に押し付ける身勝手な政府に怒りを爆発させた市民から注目されるようになり、髭の村長は希望を見失っていた若者たちのヒーローになった。だが、マリナレーダ村のような奇跡を起こすのは、簡単なことではない。革命的なアイデアを誰もがついその気になるような調子で語り、共に実現するリーダーはそうはいないうえ、現代資本主義に汚染された世界で、全員がお金よりも人に価値を置き、全体の幸福のために闘うことのできる場所は、そう多くはないからだ。経済状況の悪い州政府が農村への助成を減らしたおかげで、マリナレーダ村でも失業率こそ5%前後と低いものの、組合員への賃金が規定通りに払えないなどの問題が起きている。ただ、それでも平和なのは、互いへの信頼と足りないものは補い合う「共同体精神」が生きているからだ。
日本のように人がバラバラで、既存の資本主義にどっぷり漬かり、独善的な政治に支配されている社会においても、こんな革命は可能なのだろうか? と問うと、髭の革命家はさらりとこう言った。
「もちろん。まず誰もが問題だと考えているテーマを一つ掲げ、それを解決するために皆で一緒に抗議行動を起こして闘い、成果を得るのです。具体的な成果を体験することこそ、人々が次の一歩を踏み出すための大きな力となります。理想はただの夢ではなく、実現可能だということを、皆で証明するのです」
確かに成功体験こそが、闘争を続けるエネルギー。髭村長を父と慕う若手議員たちも話していた。「今あるものは皆、村の闘いの成果。だから私たちも闘い続ける」と。
世界的に既存の資本主義経済やそれを信奉する政治に対する不信感が高まる今こそ、闘いを始めるのに最良のタイミングなのかもしれない。