10月15日にはドイツ連邦議会が亡命申請に関連する法律を改正し、紛争が起きていないアルバニア、コソボ、モンテネグロからの難民を直ちに強制送還することを可能にした。さらに、難民に対する亡命審査期間中の小遣いの支給を極力制限し、金目当てでドイツにやってくる「経済難民」の数を減らそうとした。
またCSUは、ドイツと他国の国境付近に「トランジット・ゾーン」を設置することを提案しているが、メルケルも前向きの姿勢を示している。この提案によると、ドイツに到着した難民は、まずこのトランジット・ゾーンに収容される。紛争が起きていない国から来た難民は、トランジット・ゾーンから直ちに強制送還される。これは、紛争地域以外の国から来た難民を48時間以内に送還するスイスの手法を踏襲するものだ。
またドイツ連邦政府は、EUの政府に相当する欧州委員会に対し、「難民危機は、EU全体の問題。他の加盟国も受け入れ数を増やしてほしい」と訴えている。確かに、難民受け入れの負担は、ドイツなど一部の国に偏っている。
イギリス、フランスのためらい
欧州連合統計局が15年9月に発表した統計によると、15年1~6月にEU域内で初めて亡命を申請した難民の数は、39万8895人だった。その内、ドイツの受け入れ数は15万4055人(38.6%)で突出している。フランスの受け入れ数はドイツの約5分の1、イギリスは約10分の1にすぎない。EU加盟国は28カ国だが、ドイツなど5カ国が83.2%を受け入れている。
旧植民地を抱えるイギリスとフランスは、ドイツ以上に移民の問題で苦労してきた。最近では、移民の子どもたちがイスラム過激派の思想に感化されて、無差別テロを行う「ホームメード・テロリズム」が大きな問題になっている。ロンドンの地下鉄とバスを狙った爆弾テロ(05年)や、パリの風刺新聞「シャルリ・エブド」の編集部が襲撃された事件(15年)の犯人は、いずれも移民の子どもたちだった。フランスの大都市郊外には、バンリュー(banlieu)と呼ばれる住宅街がある。高層団地が多いバンリューでは、移民の比率が高い。治安が悪いために警察官でも足を踏み入れたがらないほどだ。
英仏が二の足を踏んでいる背景には、多くの難民を受け入れることによって、国内の外国人問題をさらに深刻化させたくないという本音があるのだ。
さらに英仏では、移民増加に批判的な右派ポピュリスト政党が支持率を伸ばしつつある。英仏政府が多数の難民を受け入れた場合、ポピュリスト政党に票が流れるという懸念もある。
またメルケルは、9月5日以降シリア難民を大量に受け入れることについても、オーストリア政府とは協議したが、英仏政府とは事前に協議しなかった。このことについて、英仏政府では「ドイツの独断的な態度の表れ」という不満が高まっている。
押し寄せる難民とEUの選択(2)へ続く。