そもそも、トランプの言う「アメリカファースト」という言葉は、彼の発明じゃなくて、実は1930年代のアメリカで共和党員だったチャールズ・リンドバーグ……そう、世界で初めて飛行機での大西洋単独無着陸飛行に成功した、あのリンドバーグが「アメリカはヨーロッパでの戦争に関わらない」という孤立主義を訴えた時の運動が「アメリカファースト」だったんですね。
で、トランプは選挙中、確かに「アメリカは『世界の警察官』を続けられない」とか、「日本や韓国が自国負担を増やさないなら、駐留米軍は撤退する」とか、いろいろ発言していたけれど、今、猿田さんがおっしゃったように、トランプ政権の閣僚人事の人選を見ると正反対で、軍事力で抑え込む「力」の政治の臭いがする。アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーに寄稿した、トランプのアドバイザーであるカリフォルニア大学教授のピーター・ナヴァロの論文によれば、アメリカ海軍の艦艇を新たに100隻も増やすという案もある。これって「海上自衛隊」をまるまる、もう一つ分、新たに増やすような話ですから、大変な増強です。
「対米従属」がさらに強化される可能性も……
ファクラー それに、今回、ピーター・ナヴァロ教授の論文では「中国脅威論」を主張していて、特に南シナ海での中国の影響力拡大に対する強い懸念を示していますから、今後、トランプ政権が日本に対して、この地域で自衛隊がもっと積極的な役割を果たすように圧力を掛けてくる可能性は十分にあるでしょうね。そしてそれは「積極的平和主義」を訴える安倍政権の考え方にも近いような気がします。その意味では安全保障問題に関する対米従属が終わらないで、日本のアジア太平洋地域での軍事的な役割が大きくなるという可能性もあるでしょうね、猿田 私が非常に残念だと思うのは、日本がこのチャンスに「対案」を示せていないことです。今までの日本の外交は「選択的対米従属」であり、日本が一方的にアメリカの言いなりになってきたというよりは、日本も「それが得」だと考えて率先してアメリカの言うことを聞いてきたという面がある。ところが、トランプ大統領の誕生によって「これまで通り対米従属を続けると、とんでもないことになるかもしれない」という「風」が一瞬、吹いた。しかし、日本側は誰も、今までの日本の外交・安保政策に代わる「対案」を提示しようとしていない。
既存の外交で利益を得ていて、これでよい、この関係がこのまま続いてほしいと思っている人たちはトランプ氏に振りむいてもらうべく、必死で働きかけを行っています。その一番手が安倍首相であり、あっと言う間にトランプタワーに飛んでいって、「現在の日米同盟は素晴らしいものです」「振り向いてください」とアピールしている。そうやって「日本とアメリカは、トランプ政権になっても、これまで通りです」という、メッセージを日本に、そして世界にもバンバン出している。戦後、ずっと続いてきた日米関係をベースに、その既得権益を持っている人たちが、既存の日米関係を守ろうと躍起になって動いているという感じです。
もちろん、それに対して、トランプが日本にさらなる負担増を要求してくる可能性はあるでしょう。例えば、在日米軍の駐留経費負担の増額要求だった場合、当然、日本側も簡単にはイエスと言えないわけですが、完全に否定できるのか、それとも若干増やすのか……。あるいは、ファクラーさんが指摘されたように、自衛隊のアジアでの役割を増やし、結果的にアメリカの負担を軽減するという対応をすることになるのかもしれませんが。
ファクラー 恐らく、自衛隊の役割を増やせばアメリカは納得する。そういう意味では安倍さんの出番というか、日本が地域での役割を増やすという、安倍政権が目指している方向性ともマッチする可能性があります。あと、先ほど、ナヴァロが中国脅威論を主張していると言いましたが、対イスラム強硬論者のマティス国防長官など、今回の閣僚人事を見る限り、トランプ政権の本当の敵はやはり中東のイスラム過激派だという気がします。トランプの国内の支持者には、中東、イスラムを敵視している人たちが多いですからね。
その意味では、東アジア、太平洋地域での軍事的な役割の一部を日本に肩代わりさせて、その分、アメリカの力を中東にシフトするという可能性もあるでしょうし、場合によってはその中東でも日本の貢献を求めてくるということもあり得るでしょうね。いずれにせよ、そうした方向性は、安倍政権の希望とも一致する部分が少なくない……。
猿田 オバマ政権は「アジアシフト」や「リバランス」といわれる形で、アジア重視の政策をとりました。8年を終えての成果には十分でなかったといった批判も含め様々な評価がなされていますが、特に経済政策に関して、アジアの経済成長力をアメリカの利益に取り込んでいくことが目的であったことに間違いありません。「ビジネスマン」のトランプもその意味するところを理解すればこの部分の方針を大きく変えることはないはずです。
ファクラー ただし、自由貿易を推進したオバマとの一番の違いは、トランプはTPP(環太平洋経済連携協定)反対を強く主張するなど、国内の雇用と製造業を守るための「保護主義」を選挙戦で強調してきたことです。既にTPPからの離脱を明言しているし、今後、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓FTAを白紙にする可能性もある……。トランプが当選できたのは、そうした「反グローバル経済」を支持する人たちがいたからで、TPP離脱などの公約を今さら反故(ほご)にすることはさすがに難しいでしょう。
猿田 TPPは離脱するでしょうね。どんなに安倍首相がお願いしても、それだけは「これまで通り」とはいかない(笑)。
ファクラー トランプは自分が「経済は得意だ」と信じているから、自分は経済問題にフォーカスして、安全保障はマイク・ペンス副大統領と元軍人の閣僚たちに丸投げしちゃうんじゃないでしょうか? 結局、僕はそうなる気がしますね。