TPP問題が象徴する「対米従属」の歪み
中島 猿田さんのおっしゃったことが、なんとなくわかったのは、アメリカの大統領選とTPPに関してですよね。アメリカがTPPをやれと言っているんだから、日本はやらなきゃいけないんだってさんざん言われ続けていたのに「あれ? トランプもクリントンも、アメリカの大統領候補になった人、誰もTPPやるって言ってないじゃん」というのが、すごく素朴な疑問でした。猿田 もともとTPPというのは、2010年ぐらいから、日本で大きく取り上げられるようになりました。当初は自民党も選挙でTPP反対を主張して、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す!!自民党」とかいうポスターまで作っていたくらいだったのに、アメリカの運転するバスに乗り遅れるなということで、どんどんと推進にかわって、アメリカより先に国会の採決も終わっちゃった。
ところが、アメリカでは、大統領選挙という、市民が声をあげることができる「4年に1回のチャンス」が来て、彼らが反対だ、反対だと言うもんだから、それまでTPPを推進してきたオバマ政権の中にいた、民主党のヒラリー・クリントンさんですらTPP反対に回った。
日本でもTPPに反対していた人たちはたくさんいたのに、アメリカ、アメリカと言われて、結局、一部の既得権益を持っている人たちが、世論を誘導して実現にこぎつける。今や逆転現象が起きています。安倍さんが言っていますよね。日本が推進して、日本が批准をして、アメリカを説得する……みたいな。
中島 そうそう。でも、今までは「アメリカが運転するTPPというバスに乗り遅れるな!」という話だったでしょう(笑)。どっちなんだ。
猿田 そう。そのバスに必死で飛び乗ったかと思ったら、運転手がいないわけじゃないですか! だったら自分で運転しようというわけですよね。
アメリカ経由で日本を動かす「ワシントン拡声器」
猿田 今まで、日本の政治は「アメリカの声」というものを、ものすごく利用してきたんですね。例えば、TPPなら「アメリカがやれと言っているんだから、やらなきゃいけない」という形で。もちろん、日本でもTPPをやりたいと思っている人はいるわけです。でも「自分がやりたいです」って言うだけでなく「アメリカがそうやって言っているんだから、やらなきゃ」と言うことで、日本では実現が簡単になる。なので、自分のやりたいことの実現のためにアメリカの声を借りる。
それを私は「ワシントンの拡声器効果」と呼んでいるのですが、日本はそういう形で「アメリカの声」を利用してきたんです。
中島 ワシントンに行くと、声が大きくなって、返ってくるという。
猿田 そう。本当は日本人の声でもあるのに、わざわざワシントンにいるアメリカ政府関係者やアメリカの知日派に言ってもらうと、例えば、アーミテージさんに言ってもらうと、それが「外圧」として日本に大きく跳ね返ってきて、日本でやりたいことがやれる。
今、アメリカでは、在日米軍撤退など、トランプさんが言うことを聞かないから、従来の日米関係を作ってきたアメリカ政府関係者が、「すいませんけど、日本さん、トランプさんに言ってください。言ってくださいよ」という、逆の拡声器を使おうとしているんじゃないかなと思ったりもしています。
中島 それは逆向きにも使えるものなんですか。
猿田 いや、なかなか日本で何かを言ったからといってもアメリカでその情報が拡散する、というのは難しいでしょうね(笑)。もっとも日米関係に関心を持っている人はアメリカでは少ないので、その間ではあっという間に広がるでしょう。
ところで、この「ワシントン拡声器」というのは、例えば、アメリカで「アーミテージ・ナイ報告書」が出されて、そこに「日本も集団的自衛権を行使できるようにすべきだ」と書いてある……と、日本で報道される。TPPの話も新聞なんかで、「アメリカの議会にTPP議員連盟ができました」という記事を読むと、「ああ、アメリカはTPPを強く支持しているのだな」と日本の読者は感じる……、という、この現状を表しています。
ところが、蓋を開けてみると、例えば、アーミテージ・ナイ報告書を出版しているのは、CSISというシンクタンクですが、そこに日本政府は毎年何千万というお金を出しているわけです。そうやって日本政府が出したお金の一部が、直接的にか間接的にか使われて、アーミテージ・ナイ報告書が出版されていることを私たちは知らない。TPP議員連盟も、アメリカで結成されたという記事を私たちは新聞で読むわけですが、その議員連盟を作るためのロビイングを一所懸命やっていたのは、実は日本政府で、そのためのロビーイストたちを雇うために、これまた累計すれば億単位のお金を日本政府が出している。つまり全部、出来レースなんですが、それほど「ワシントン拡声器」の効果は絶大なわけです。
ちなみに、アメリカの対日政策に影響を与えているといわれる、いわゆる「知日派」と呼ばれる人たちというのは、おそらく5人から30人ぐらいしかいないというのが、私の繰り返したインタビュー調査の結果です。けれども、その少ない人たちが日米外交を今まで取り仕切ってきていて、日本では国を挙げて、その5人から30人を頼っているわけです。
中島 なるほどね。日本のいわゆる親米派の人たちと知日派というのは、「一心同体」になっているということなんですね。
猿田 だから、なんとかしてトランプさんの対日政策を既存のものに振り向かせようと、今、日米共同体でがんばっているんだと思います。
トランプ政権時代に求められるこれからの日米外交(2)へ続く