いわばアフガニスタンへの関与にトラウマを抱えてきたロシアだが、プーチン政権期を通じ次第にそれを克服してきた。治安維持を目的としたアフガニスタン駐留の米欧諸国軍のための輸送ルートを旧ソ連領域に確保したり、アフガン軍にヘリコプターを供与するなど、特に軍事分野についてアフガニスタン安定化に向けた支援の一翼を担ってきた。
最近のロシアの動きとして注目されるのは、アフガニスタンの現政権と対立し、テロ活動を繰り返すタリバン勢力と何かしらの連携を探っている動きがみられることである。例えば16年12月当時のロイター報道によれば、ロシアはモスクワや旧ソ連タジキスタンでタリバン側の諜報・軍事担当者と接触し、武器や資金面での支援の可能性をさぐったという。ロシア側は、アフガニスタン和平に向けた努力の一環として反乱勢力との接触はあるものの、タリバンとの特別な連携は否定した。だが、その後も、アメリカのボーテル中央軍司令官(17年3月28日)、マティス国防長官(同年4月11日)といったアメリカ軍高官が同趣旨の警告を相次いで表明するなど、ロシアの動きに対するアメリカ側の懸念は高まっている。
ロシアの真意は定かでない。旧ソ連国境に面するアフガニスタン北部の安定化を狙って、また、アフガニスタンでも拡大する「イスラム国」(IS)に与する諸勢力に対処する方策として、「敵の敵は味方」とばかりタリバンとの連携を模索しているとも考えられる。折しも、首都カブールの政権の統治能力は弱体化する傾向にあり、17年5月31日には500人以上の死傷者を出す過去最大規模のテロ事件も発生した。
アフガニスタンの治安が悪化するなか、アメリカは、オバマ前政権がいったん縮小させた部隊の再増派を検討し、他のNATO諸国も同調した(17年6月29日、NATO国防相会合)。8月21日、トランプ大統領は国民に向けた演説で、アフガニスタンからの米軍撤退という自らの公約を翻し、増派の方針に転じることを発表した。この「新戦略」は、パキスタンがテロリストをかくまっていると名指しで批判するなど、周辺地域も視野に入れたものとなってはいる。
21世紀版「グレート・ゲーム」での米ロ関係
このように、ユーラシアにおけるアメリカの軍事行動の背景には、それぞれ「ロシア対策」「テロ対策」といった個別の動機を指摘することができる。しかし、国際社会を主導するような理念をそこに見出すことは難しい。アメリカの対外政策は、国際秩序を作り、守るための理念を持たないものとなりつつある。冷戦後、ユーラシアにおいて他を圧する覇権国であったアメリカの姿は、もうそこにはない。加えて、相次ぐ側近辞任などトランプ政権の基盤そのものが揺らいでいる。前述のように、同政権はロシア・ゲート疑惑を払しょくすることに躍起となっているにもかかわらず、大統領選挙期間中からのトランプ側近とロシア側との接触が相次いで報じられている。おそらくは次の中間選挙や2020年の大統領選挙までアメリカの政治的混乱は続くだろう、と「敵失」を強調する見方もロシア国内では多い。いずれにしても、ユーラシアにおけるアメリカの存在感が低下していることは確実である。
ユーラシアの覇権を争う「グレート・ゲーム」は、19世紀後半以降のイギリスとロシア、冷戦期の米ソの対立から、冷戦後の一時的なアメリカの覇権期を経て、いまその覇権の後退期にある、ということになろう。それでは、近未来のゲームはどのような面々で構成されるのだろうか。ユーラシア最大の領域を統治し、また軍事大国であるロシアはそこに残るとして、中国やインドがあらたなアクターとして台頭している。習近平政権下の中国は「一帯一路」という壮大な構想を自らのユーラシア戦略として掲げた。また、その「一帯一路」に反発してインドは独自の構想を追求している。この三つの地域大国がそれぞれの国益と理念を求めてせめぎ合う、というのが最もありうるシナリオであろう。
アメリカは地理的にはユーラシア国家ではなくとも、中国・インド・ロシアそれぞれと国益や理念の点で対立・協調する問題分野を抱え続けている。軍事、経済、情報、サイバー空間といった分野をそこに挙げることができる。本稿では主に軍事分野について考えてきたわけだが、ウクライナ、シリア、アフガニスタンなどが現代のグレート・ゲームの軍事的焦点であり続けることは予想される。これらの焦点に域外のアクターとはいえアメリカは軍事大国として関与し続けるだろう。また、軍事力の規模や展開能力からしても、米ロはこれらの軍事的焦点でライバル関係を維持するであろう。覇権国から後退しても、アメリカがユーラシアのグレート・ゲームの一角を担う状態は、当分続くものと思われる。