文政権発足後に動いた朝鮮半島情勢
2018年に入ってからの朝鮮半島情勢は、昨年までの一触即発の緊張感をよそに、4月27日には11年ぶりとなる南北首脳会談、5月もしくは6月はじめに史上初の米朝首脳会談を控える「対話局面」に入った。
文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足した当時の17年5月、南北関係は最悪と言っていいほど冷え込んでいた。最盛期には年に10万人以上が行き来した南北間の直接対話チャンネルは「ゼロ」。さらに北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)政権は核・ミサイル技術の完成を目指し、同年1月に就任したトランプ大統領との対立が先鋭化。国際社会での孤立が顕著になっていた。
ここからわずか10カ月あまりで、現在の劇的な状況が訪れたのである。この原動力となったのが文政権だ。どう展開するのか分からない朝鮮半島情勢の中、韓国だけが米朝を含む国際社会に対し「対話」という朝鮮半島情勢の「現実的な解法」を提示し、あらゆる逆風の中でその実現に向け実践してきた。
それを支えたのは、一度正しいと決めたことは譲らないとされる文在寅大統領のリーダーシップと、政権が掲げ続けた「対話のための制裁」「過去の南北合意の尊重・継承」「平和」という「三原則」だ。
本稿では、この三つの原則を見ていくとともに、文政権が今後直面する課題についても整理する。
原則その1-対話のための制裁
文在寅政権は「制裁を通じて北朝鮮を対話のテーブルに引っ張り出す」という原則を徹底した。核・ミサイル実験と制裁の応酬により、北朝鮮と国際社会が「チキンレース(度胸比べ)」の様相を呈する中、この原則は制裁局面に秩序を与え、北朝鮮に「出口」を提示する役割を果たし続けた。
16年から17年末まで、国連安保理が北朝鮮に科した制裁は6度。その間、金正恩政権は3度の核実験と数十回のミサイル発射実験を行った。特に17年には、韓国の専門家の言葉を借りると「これまでとは比べものにならないほどの制裁」が科せられた。確実に履行された場合、北朝鮮の外貨収入が90%も減少する内容だった。
文政権は、17年5月の発足以降、こうした制裁に率先して同調してきた。文大統領は6月末の米韓首脳会談で、「最大の圧力をかけていくために、既存の制裁を忠実に履行しながら、新しい措置を施行する」とトランプ大統領に語った。また、9月の核実験の際には、文大統領はNSC(国家安全保障会議)において「北朝鮮を完全に孤立させるために、国連安全保障理事会による制裁決議推進など、あらゆる外交的方法を求めていく」と表明した。
一方で、文大統領は対話の必要性も訴え続けた。北朝鮮によるICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験直後の7月6日、ドイツ・ベルリンのG20サミットに先立つ演説で「高まり続ける軍事的な緊張の悪循環が限界点に達した」とした上で、「対話の必要性が過去のどのときよりも切実になった」と説明した。
さらに、北朝鮮が行った最後のミサイル発射実験である11月29日のICBM発射実験の際には、「私がこれまで言及してきたように、北朝鮮は自らを孤立と没落に導く無謀な選択を中断し、対話の場に出てこなければならない」と、再び北朝鮮に対話を要求した。
周知の通り、北朝鮮はこのような対話の呼びかけを、17年いっぱい、表向きでは無視し続けた。だが、韓国政府の「対話のための制裁」原則は、国際社会と北朝鮮の双方に「保証」を与えた点で意義深い。
まず、北朝鮮に融和的と見られた文政権が制裁に100%同調する立場を示したことは、アメリカ主導の制裁に微温的な態度を取る中国やロシアに対し、同調を呼びかける際の「保証」として作用し、結果として国際社会に一体感を生んだ。その一方で、北朝鮮に対しては、対話に転じる際にはいつでも、どのようにでも韓国を「踏み台」にしてもよい、つまり韓国は対話に協力するという「保証」を用意する役割を果たした。
韓国は「対話のための制裁」原則を、アメリカの信頼を得るために活用した側面もあった。「苦労を買って出る」姿勢は、北朝鮮との対話に懐疑的な態度を見せていたトランプ大統領の目にも「実務的で有用なもの」に映ったはずだ。その結果、18年の対話局面に入ると、「文在寅を100%支持する」という言葉をトランプ大統領から引き出すことに成功した。
原則その2―南北合意の尊重・継承
日本ではなかなか理解されにくいが、韓国政府にとっては二通りの対話が存在する。南北関係改善のための対話と、北朝鮮の核廃棄に向けた対話だ。
二つ目の原則はこのうち、「南北関係改善のための対話」における原則だ。
文在寅政権は過去、南北首脳会談を行った金大中(キム・デジュン、任期98年2月~03年2月)、盧武鉉(ノ・ムヒョン、任期03年2月~08年2月)の両政権が北朝鮮との間に交わした「約束」を受け継ぐことを公にした。文大統領はさらに、それ以前のあらゆる南北合意の尊重・継承を表明した。
つまり、過去の合意を無視し、北朝鮮の崩壊を目指した李明博(イ・ミョンバク、任期08年2月~13年2月)・朴槿恵(パク・クネ、任期13年2月~17年3月弾劾罷免)の両保守政権とは異なる点を明確にしたのだった。
過去の主な南北合意は以下の表にある通りだ。特に1992年の「南北基本合意書」と2000年の「6.15南北共同宣言」は大きな意味を持つ。相互の体制を尊重し、統一をじっくりと実現する点で今後の南北関係に示唆するところが大きい。
その上で、南北関係改善に関連する文大統領の言動を簡単に紹介しておきたい。
まず、17年6月15日の「6.15宣言記念式典」の演説では、李・朴政権を振り返りながら「南北当局間の合意が国会で批准されていれば、政権の浮沈により対北朝鮮政策が上下することはなかった」として、合意に対するこだわりを見せた。
また、7月の「新ベルリン宣言」では「『6.15共同宣言』と『10.4首脳宣言』に立ち返ることが平和な朝鮮半島に至る道」であるとした。さらに、11月に発表された「文在寅の朝鮮半島政策」では「歴代政府の北朝鮮政策を尊重し、継承すべき部分はより発展させていく」と表明している。
他方、北朝鮮側も文在寅政府に呼応するような態度を見せている。朝鮮中央通信は18年3月28日の論評の中で、「民族共同の貴重な合意を乱暴に踏みにじって北南関係を破局へ追い込んだ」として、過去の李・朴両政権を「逆徒」と称した。これは逆に言えば、過去の合意を踏まえることが南北対話の前提だと強調しているわけである。「保守政権下での北朝鮮政策の清算」を北側は17年5月にも要求している。
つまり、韓国は、過去の合意遵守を強調することで北朝鮮に「韓国はあくまで共存を望み、北の体制崩壊を目指していない」という安心を与えると同時に、今後の対話のスタートラインならびにガイドラインを提供したのである。
ここは韓国政府として最も重要な点だ。韓国政府には、南北対話がうまくいく場合には、国際社会と北朝鮮の間の関係もうまくいくという「経験則」がある。たとえ核廃棄の動きが行き詰った場合にも、南北関係さえ良ければ、再びそれをテコに対話を続けることができるからだ。文政権はその点をしっかりと捉え行動した。
原則その3―「平和的解決」の明確化
朝鮮半島で再び戦禍が巻き起こってはいけないという「平和」の原則は、上の二つの原則を貫く、いわば「大原則」といえる。
1950年6月から53年7月にかけて行われた朝鮮戦争では、南北は直接戦火を交えた。