地上部隊は、約800両の戦車、約1200両の装甲兵員輸送車、約350門の火砲を保有する。つまりバルト三国とポーランドは、約10個師団のロシア軍部隊と隣り合っている。
またロシアは、カリーニングラード周辺にSA400型対空ミサイルを配置したほか、核弾頭を装備できる短距離弾道ミサイル「イスカンダル」も配備している。さらにカリーニングラードに近いバルティスク港は、ロシア海軍のバルチック艦隊の母港である。
だがバルト三国は、いずれも小国であり、独力で国土を守ることは難しい。各国の予備役を除いた正規軍の兵力は、リトアニア約1万5700人、ラトビア約5300人、エストニア約6400人にすぎない。
特に欧米諸国を悩ませているのが、バルト三国とポーランドを結ぶ地域が、極めて細くなっているという地理的条件だ。
カリーニングラード周辺のロシアの飛び地の東端と、ロシアの友好国ベラルーシの西端との間の距離は、わずか100キロメートル。ロシア軍がカリーニングラードから戦車部隊をベラルーシまで走らせれば、数時間でバルト三国をポーランドから切り離せる。
NATO戦闘部隊を旧ソ連領土に初配備
NATOは、この100キロメートルの地峡部を「スバルキ・ギャップ」と呼ぶ。スバルキとは、この地峡部のすぐ南にあるポーランドの町の名前だ。NATOは、「ロシアがバルト三国の占領を試みるとしたら、まずスバルキ・ギャップを占領して、欧米諸国がポーランドからバルト三国に地上兵力を増派するのを妨害しようとする」と予想している。スバルキ・ギャップは、NATOのバルト三国防衛の上で最大のアキレス腱なのだ。アメリカのシンクタンク・ランド研究所は、2016年に発表した報告書の中で、「ロシアは戦闘開始から36時間以内にバルト三国の首都を占領できる」と予測している。
NATOは「ロシアの西側に対する姿勢は、クリミア併合を境に敵対的になった」と断定し、14年9月にウェールズで開いた首脳会議で、ロシアに対する軍事戦略を根本的に見直した。16年6月には米軍とイギリス軍、ポーランド軍が約3万人の兵力を動員して軍事演習を実施した。さらにNATOは2017年1月にバルト三国にドイツ、イギリス、カナダなどの戦闘部隊約4500人を常駐させた。かつてソ連だった地域にNATOが戦闘部隊を派遣したのは、冷戦終結後初めてである。バルト三国は抑止力を高めるために、米軍の常駐も希望したが、米軍は拒否。彼らはポーランドに戦車や装甲戦闘車を含む4000人規模の戦闘部隊を配置するに留め、軍事演習などに参加することにより、「出張ベース」でバルト三国を支援する。
勿論わずか4500人の小兵力では、ロシア軍の総攻撃の前に、ひとたまりもなく打ち破られてしまう。
しかし重要なのは、兵士の数ではない。ロシアは万一バルト三国を攻撃した場合、これらの国だけではなく、アメリカを盟主とする軍事同盟NATOと直接戦うことになる。このことは、ロシアに対する重要な抑止力となる。かつてのソ連ですら、NATOと直接銃火を交えたことは、一度もなかった。その意味で、バルト三国へのNATO軍の常駐は、これらの小国のための「保険」だ。戦力的には弱小でも、戦略的には極めて大きな意味を持っている。
2017年6月中旬に、NATOは「ボトニア」という架空の国がスバルキ・ギャップを占領したというシナリオの下に、この地域で軍事演習を行った。ボトニアがロシアを想定していることは、言うまでもない。この演習では、アメリカ、イギリス、ポーランドの混成部隊がヘリコプターでバルト三国とポーランドを結ぶ地峡部に送り込まれ、ボトニア軍を攻撃。その後南方から米軍の戦車部隊が進入して、スバルキ・ギャップを制圧した。一方ロシア軍はベラルーシ軍と合同で、2017年9月、バルト三国周辺で推定10万人もの将兵を動員した大規模な軍事演習を実施した。バルト海に面したこれらの国々の市民の不安は高まる一方だ。
「勢いを増すロシアを前に、アメリカ・ファーストが”西側”を揺るがす~新・東西冷戦の時代(2)」に続く。