多くの人は、大人数のトランプ支持者と、彼らに抗議するグループが衝突し、警察の出動で暴力的な事件にエスカレートすることを恐れていた。ところが、まったく予想もしなかったことが起こった。まず、会場近くで暴力的な衝突は起こらず、静かなものだった。何よりも驚きだったのは、会場が空席だらけだったことだ。消防署の報告では入場者はたったの6200人。外に残された支持者はおらず、屋外の会場は速やかに撤去された。
トランプ陣営にとっては寝耳に水だったようだが、主流メディアにとっても驚きだった。次第にわかってきたのは、この驚くべき現象の背後に、ソーシャルメディアのTikTokのユーザーとK-POPのファン、そして「TikTokおばあちゃん」というニックネームをつけられた女性の存在があるということだ。ピート・ブーテジェッジ(注:民主党の候補として2020年の大統領予備選に出馬したが後に辞退)の選挙ボランティアを始めた1年前までは無所属だったというこの女性は、「トランプ集会のチケットをリクエストしたうえで行かない」という具体的な抗議運動の方法をTikTokで伝授した。このビデオが若者の間でシェアされて広まった。この方法を広めたもうひとつの意外なヒーローは、ARMYと呼ばれる団結力が強いK-POPのファンだという。以前からトランプに対し批判的だったK-POPファンによるチケットのリクエスト活動はさらにめざましいものだったようだ。
偽のチケットリクエストで会場に空席を作るという戦略をトランプ陣営に嗅ぎつけられないために、彼らは自分の知り合いにアイディアをシェアしたら48時間以内にその投稿を消したらしい。これは、プロの政治ストラテジストも脱帽する策略だった。
大統領選挙での最初の大規模集会で恥をかかされたトランプを、リンカーンプロジェクトは格好の笑い者にし、フォロワー100万人を達成した。RVATのフォロワーも10万人を越え、さらに多くの共和党員が「トランプを支持できない理由」の告白ビデオを提供している。
ニューヨーク・タイムズ紙が選挙登録者を対象に6月17日から22日にかけて行った世論調査では、ジョー・バイデン支持が50%でトランプ支持は36%と、これまでで最も大きな差がついた。この世論調査で、白人(特に若者)の多くがパンデミックやBLMの抗議デモに対するトランプの対処に反感を覚えていることもわかった。
世論が変わるにつれ、これまでトランプに反対したくても怖くてできなかった人たちが勇気を持つようになっている。2016年の共和党大統領予備選の候補だったカーリー・フィオリーナも6月25日に「バイデンに投票する」と発表した。
大統領選挙とムーブメント
近年の大統領選挙では、必ず新しいムーブメントが起こった。2008年には、バラク・フセイン・オバマという風変わりな名前の若い黒人候補に、若者たちが「Change(変化)」を求める自分たちの理想を投影した。そんな若者たちが、まだあまり使われていなかったツイッターやフェイスブックを駆使してムーブメントを盛り上げた。筆者が知るマサチューセッツ在住の高校生は、高校生のボランティアを集めて激戦州であるニューハンプシャー州にバスで運び、戸別訪問で大人たちを説得した。投票権を持たない若者が大きな役割を果たしたのだ。
2016年の大統領選では、筆者が訪問したニューハンプシャー州で「これまで選挙投票をしたことがない」という白人たちが「自分たちの考えていることを代言してくれる初めての候補」であるトランプに感激し、自主的に家族や隣人を説得する活動をしているのを目撃した。
2008年も2016年も、これまで政治に関わったことのない人々が「自分の行動が選挙を変える。社会を変える」というパワーに目覚めて魅了され、大きなムーブメントを作った。2016年のヒラリー・クリントンに欠けていたのは、この新鮮な興奮とムーブメントだったと思う。
2020年の民主党指名候補であるジョー・バイデンは、77歳と高齢であり、政治家歴が長い白人男性だ。彼に新鮮さはない。だが、筆者の取材では、リベラル寄りの有権者の多くが「副大統領候補に年下の女性(特に黒人女性)を選んでくれたらそれでいい」と答えた。「こんなことを言ってはいけないが」と遠慮しつつ「バイデンは副大統領に仕事を任せるだろうし、(高齢だから)もしかしたらその女性が大統領になる事態があるかもしれない」と付け加える人もいた。それに、今回の大統領選での新鮮なムーブメントは候補ではなく「トランプを権力の座から下ろす」という目標なのだ。その目標に向かって、これまで敵対していたグループが繋がり始めている。ツイッターで「トランプはアメリカ人を団結させる大統領だ。『アンチ』という意味で」というジョークも目にしたが、決して冗談ではなくなっている。
若い女性たちがアメリカの将来を変える
もうひとつこれまでの大統領選と異なるのは、タルサでの集会で空席を作ってトランプに打撃を与えた戦略の中心にいたのがK-POPの熱狂的ファンである若い女性たちだったということだ(Brandwatchによるソーシャルメディアの調査では、人気バンドBTSのARMYの75%が女性だという)。そのうえ、彼らの活動は非常に平和的だ。以前から #WhiteLivesMatter(白人の命も大切だ)といった白人優越主義者によるハッシュタグがトレンド入りしそうになると、K-POPのファンがそのハッシュタグをつけてK-POPのミュージックビデオを大量に投稿するという抗議活動をしているのは知られていた。2016年の大統領選では、ハッシュタグをつけて陰謀説を流す者が多かったが、K-POPのファンはそれを無効にするパワーを持ちはじめている。
これまでの大統領選では、党や候補にかかわらずムーブメントの中心にいたのは白人男性だった。だが、2015年にボルティモア市で若い黒人女性の投票を促す無党派の非営利組織Black Girls Voteを立ち上げたナイキ・ロビンソンのように、若い女性がムーブメントを作るようになっている。
もし、タルサのトランプ集会を破滅させた若い女性たちが2020年の大統領選挙に影響を与える“パワーハウス”(原動力)になるとしたら、高齢の白人男性を中心にした政治が根こそぎ変わるかもしれない。そうなったら、アメリカの将来は本当に変わるかもしれない。
BTS
K-POPを代表するヒップホップボーイズグループ。BTSのファンはARMYと呼ばれている。
ARMY
K-POPを代表するヒップホップボーイズグループ「BTS」のファンのこと。