トランプ有利の風向きに変化が
前年末にアメリカの下院本会議がドナルド・トランプ大統領の弾劾決議を可決し、上院議会でトランプ大統領の弾劾裁判が進んでいた2020年1月下旬、筆者は『弾劾されたトランプが大統領選に勝つ可能性が高い理由』というエッセイを書いた。その中で、マイノリティになりつつある白人(特に男性)が「自分にとって心地がよかった世界が変わることへの嫌悪と恐怖」を抱いていることや、そのような白人によってトランプが再選される可能性が高いことについて言及した。
しかし、このエッセイを書いた後で、誰にも予想できなかったことが次々と起こった。最初は新型コロナウイルスの大流行だ。対応しきれない数の重症患者が押し寄せる医療機関がパニック状態になっている時ですら、トランプ大統領は「ただの風邪みたいなもの」「そのうち奇跡的に消える」「自分の功績を傷つけるためのリベラルの陰謀」などとパンデミックの現状を否定し続けた。ようやく対策のためのタスクフォースを作ってからも、記者会見のときに「漂白剤を注射する」といった自己流の治療法を進言して専門家の努力を台無しにした。また、自分自身がマスクを着用せず、着けないことをあたかも自由と勇気の象徴のように扱った。そのために、アメリカではマスク不着用とソーシャルディスタンスを取らないことが政治的な意思表明のようになり、6月になってからは共和党が強い南部や西部の州で感染者数が急増している。
全米に、世界に広がるBlack Lives Matterデモ
パンデミックによる自宅待機が続いて人々がフラストレーションを覚え始めた頃に起こったのが、世界規模の#BlackLivesMatter(BLM、ブラックライブスマター、黒人の命も重要だ)抗議運動だ。そのきっかけは、アメリカのミネソタ州ミネアポリスで5月25日に起こった白人警官による黒人男性の殺害だった。偽の20ドル札でタバコを買った男がいるという食糧雑貨店からの通報でかけつけた警官らが、武器を持たず、抵抗もしていない容疑者のジョージ・フロイドの首を8分46秒にわたって膝で抑えつけて圧迫し、死亡させたのだ。複数の目撃者が「息ができないと言っている。やめなさい」と言っている中で警官らが冷酷に一人の人間を殺した映像は、多くの人に衝撃を与えた。
これまでも、武器を持っていない黒人を白人の警官が殺す事件は何度も繰り返されてきた。そういった事件のたびにBLMの抗議デモは起こったが、フロイドの死の後にミネアポリスで始まった抗議デモは、今までとは異なった。単発のデモでは終わらずに全米に飛び火し、黒人やマイノリティだけでなく数多くの白人も加わり、世界中で賛同のデモが起こるようになった。
これまでの大統領であれば、パンデミックとデモによる混乱を悪化させないために国民に団結を呼びかけることだろう。ところが、トランプはツイッターや記者会見で警察や軍による暴力をつかった鎮圧を示唆し、火に油を注ぐような人種差別的発言を繰り返した。
さらに、パンデミックのさなかだというのに、トランプはオクラホマ州タルサで6月19日に大規模な選挙ラリー(政治集会)を行うことを決めた。6月19日は、『ジューンティーンス』というアメリカの黒人が奴隷制からの解放を祝う重要な記念日だ。また、タルサは1921年に白人優越主義者らが黒人の住民を大量虐殺した歴史がある地だ。黒人の商業地として栄えていた場所で起こった虐殺と破壊は「ブラック・ウォール街の虐殺」としても知られている。タルサの、しかもブラック・ウォール街のすぐ近くで『ジューンティーンス』に集会を行うというのは、黒人に対する故意の侮辱であり、BLMの抗議運動を行っている者たちへの挑発だ。多くの批判を浴びたためにトランプは日程を20日に変更したが、すでに多くの人が彼の意図を理解した後だった。
共和党員もトランプ批判を展開
そんな大統領のリーダーシップに危機感を覚えているのはリベラルだけではない。古くからの著名な保守の論者や共和党員が公の場でトランプを批判するようになっている。その中でもソーシャルメディアで大きな影響力を持っている団体が、The Lincoln Project(リンカーンプロジェクト)とRepublican Voters Against Trump(RVAT)だ。
スーパーPAC(特別政治行動委員会)であるリンカーンプロジェクトを運営しているのは、トランプの大統領顧問ケリーアン・コンウェイの夫であるジョージ・コンウェイ、ジョージ・W・ブッシュ元大統領や元大統領候補ジョン・マケインの側近だったスティーブ・シュミット、かつてニューハンプシャー州共和党の委員長だったジェニファー・ホーンなど長年の共和党員である(トランプが大統領になった後、党を離脱した者もいる)。このリンカーンプロジェクトは、トランプ批判と民主党指名候補ジョー・バイデン支持の政治広告ビデオを頻繁に作ってソーシャルメディアで流している。トランプの弱点をあざ笑うビデオが多く、怒ったトランプが反撃のツイートをするためにさらに注目を集めている。RVATを創始したのは、ネオコン(新保守主義)の政治アナリストとして有名なビル・クリストルだ。このグループは、トランプを支持できない共和党員、元共和党員、トランプに票を投じたことを悔いている元トランプ支持者の証言ビデオを作ってソーシャルメディアで広めている。
空席だらけのトランプ集会
このような状況のなか、トランプは6月20日土曜日にタルサで政治集会を行った。その直前、トランプとキャンペーン・マネジャーは「チケットをリクエストしたのは100万人以上」とトランプの人気を自慢していた。会場は1万9000人を収容できる多目的屋内アリーナで、そこに収まらない支持者のために屋外にも会場が設置されていた。
BTS
K-POPを代表するヒップホップボーイズグループ。BTSのファンはARMYと呼ばれている。
ARMY
K-POPを代表するヒップホップボーイズグループ「BTS」のファンのこと。