香港は2019年6月から長いトンネルの中にいる。
香港各地で抗議行動が続いている。中国建国70周年祝賀行事への対抗行動(10月1日)を経て、一連の行動は5カ月目に突入する。警官がデモ鎮圧のために発砲する催涙ガスが街を包み、抵抗する若者の一部は、時に暴力的に反抗する。そんな光景が日常となった。重武装した警官が記者や救急隊員を狙い、負傷させたケースもあった。実弾で撃たれた中高生らもいる。
6月以降、私は数度にわたり香港を訪れデモの現場を目撃し、人びとに話を聞き、記録してきた。特定の主催者がおらず行動の流れは掴みづらいとされてきたが、時間がたつにつれ一定のパターンが見えてきた。また、いくつかの「変化」にも気づいた。
片手にテクノロジーもう片手には、情熱
抗議行動に参加する人びとは、フルネームの公表や顔写真を撮られることに消極的だ。一方で、思いや考えを英語、日本語を交えて外国メディアに伝えることには情熱を見せながらたくさん話してくれることが多い。別れ際には皆が口を揃えて「気をつけて(Stay safe)」と言ってくれる。
今起きていることを全世界に知ってほしい。抗議者、市民、記者が信頼関係を保ちながら助け合おう。よい変化は少しずつ生まれるはずだ――。人びとは、強大な中国に対峙する香港という場所で、人間の可能性に懸けて行動を続けているように見える。
9月28日。雨傘運動(2014年)から5周年の節目を記念する抗議行動でのことだった。私は香港島の繁華街・銅鑼湾(Causeway Bay)の現場で地元のメディア関係者と出会い、話をしていた。彼女は私がヘルメットや防毒マスクを持っていないことを心配し、こう言った。「装備が余っているか周りに聞いてみる。あなたにあげられるかもしれない」。私は感謝を伝え、彼女と連絡先を交換して別れた。
人びとは匿名性が高いメッセージアプリ「テレグラム」を駆使している。テレグラムはロシア人が創設したアプリで「LINE」のように連絡手段として使う。やり取りを暗号化し、秘密を保持できるのが最大の特徴だ。また、グループに登録して情報収集ツールとして活用する人も多い。グループでは管理者がリアルタイムの情報を流し、登録者らと情報共有ができる仕組みだ。香港でのグループの規模は大きいもので登録者数が20万を超える。グループのテーマはさまざまで、報道のまとめ、最前線の動きの他、英語版のグループもある。
翌朝、テレグラムで匿名の相手からメッセージが届いた。チャットは1時間後にすべての履歴が自動的に消去される「シークレット・チャット」の設定がしてあった。「装備がほしいんだって? 友人から聞いたけど」とのメッセージに私は「もし余っていたらほしい」と返した。すると「今日の午後はどこにいる?」とやり取りが続いた。
夕方、香港駅の近くでメッセージの送り主と落ち合った。会う直前に「あなたはどんな服装? 一人? それとも誰かと一緒?」とメッセージが来た。相手は女性で、1997年の「香港返還」後に生まれた世代だという。顔全体を覆える強化プラスチック製の防毒マスクと二つのフィルター、そしてヘルメットが入った黒い袋を私は受け取った。マスクは日本では約1万5000円で売られている製品で、香港では在庫が尽きたといわれている型番だった。
女性は、私が出会ったメディア関係者とは直接の知り合いではないと説明した。別の友人を介して「人に装備を届けてほしい」と言われて出てきたという。「届けるかどうか直前まで迷った。でも私は悪いことをしているわけじゃないから、来た」。話し声は静かだが熱を帯びていた。香港警察はこれまでにも、マスクを持つ市民を逮捕したことがある。会ったことがない人物にマスクを届ける決心は簡単ではないだろうと私は想像した。
混乱が続くなか、香港では海外移住を考える人が増えている。ここを出ていきたい気持ちがあるかと聞くと、女性は「香港は私が生まれ育った街。どうして私が出ていかないといけないのか」と問い返した。大切な地元をどうにかしたい。そんな純粋な気持ちが人びとの行動を後押ししていると、私は感じた。人びとの強い思いは、高度に発達した交通網や通信環境に支えられ香港中の各地で抗議行動につながっている。
ネット駆使のリアルな強さ
北京で盛大に祝われた中国「国慶節」の10月1日。これを経て、香港の抗議の声は収まるどころか、さらに強まったように思える。