建物という建物が黒焦げとなり、街全体が廃墟と化したマリウポリの空撮映像を観て、胸をえぐられる思いがした。ウクライナのゼレンスキー大統領は「(ロシア軍は)街から何もかもを消し、灰で覆われた死の土地にしようとしている」と語ったが、まさにその言葉通りの光景だった。私の眼には、原爆投下直後の広島や長崎の光景と重なって見えた。
ロシア軍は人口40万のこの街を包囲し、連日激しい空爆や砲撃を加えた。マリウポリの市長の報道官は、ロシア軍に包囲されて以降、子ども約210人を含む約5000人が死亡したと明らかにした(「ロイター通信」、3月28日)。これが事実ならば、文字通りの「ジェノサイド(大量虐殺)」である。
「領土的野心」に基づく侵略戦争
ロシアのプーチン大統領は侵攻を開始するにあたり、隣国ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への加盟は「ロシアの生死にかかわる脅威」だと語った(2月24日の国民向けテレビ演説で)。
確かに、ウクライナがNATOに加盟した場合、米軍をはじめとするNATOの部隊やミサイルなどが配備される可能性があり、ロシアにとって看過できない脅威になるというのは理解できる。
しかし、現実には、その「脅威」は差し迫ったものではなかった。NATOには加盟の要件があり、隣国と領土問題などで紛争を抱えている国は加盟できない。ウクライナは2014年以降、クリミア半島の領有権をめぐってロシアと対立しているため、すぐに加盟できる状況ではなかった。だから、アメリカのバイデン大統領も、ウクライナのNATO加盟は「近い将来はないだろう」と語っていたのだ。
こうしたことからも、プーチンが語った「ウクライナのNATO加盟の脅威」は、侵攻の真の目的を隠すための「煙幕」であったと私は見ている。
以前から「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を強調してきたプーチンには、欧州への接近を強めるウクライナのゼレンスキー政権を倒し、同国をロシアの勢力圏に取り戻したいという強い願望があったのだと思う。
さらには、ウクライナ東部のドンバス地方にロシアの傀儡国家を樹立し、2014年に一方的に併合したクリミア半島にかけての一帯をロシアの支配下に置こうという「領土的野心」もあったと推察される。
その証拠に、プーチン大統領は、クリミア半島におけるロシアの主権を認め、ドンバス地方の分離独立(侵攻直前にロシアが一方的に国家承認をした「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」)を承認するようウクライナに要求している。
これは、かつて日本が朝鮮半島を併合し、中国東北部に「満州国」という傀儡国家を建設してアジアを侵略していったのとよく似ている。当時の日本も、南下するソ連の脅威や緩衝地帯の必要性を唱えながら、「自国防衛」を口実に侵略を進めた。この点も、今のロシアと共通している。
国連憲章に基づく国際秩序への挑戦
第二次世界大戦では、他国を侵略し領土と勢力圏の拡大をもくろむ枢軸国(ドイツ、イタリア、日本)に対して、連合国は「領土不拡大」の原則を掲げて戦った。そして、この原則は第二次世界大戦後、連合国を中心に創設された国際連合の原則となった。
国連憲章は、「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない」(第2条3)とした上で、「武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(第2条4)と定めている。他国との紛争を解決するための武力行使も、領土拡張や内政干渉のための武力行使も、明確に禁止しているのだ。
今回のロシアによるウクライナ侵攻は、これらに違反する侵略戦争であり、第二次世界大戦後の国連憲章に基づく国際秩序を根底から破壊する暴挙と言わざるを得ない。
この侵略を許せば、国連憲章の規範は崩壊し、世界は再び19世紀的な「力の支配」の時代に戻ってしまいかねない。力の弱い国は力の強い国に服従するしかない、弱肉強食の世界だ。そんな野蛮な世界に戻さないためにも、この侵略は絶対に許してはならないのだ。
逆に、この侵略を失敗に終わらせることができれば、侵略戦争を禁止する国連憲章の規範力は強化され、将来の侵略戦争の発生を抑止する大きな力になる。その意味で、世界は今、歴史的な分水嶺に立たされていると言えるだろう。
小国にとっては死活的な問題
だからこそ、かつてないほど多くの国が、ロシアの侵略に反対の意思表示をしている。2月28日から3月2日にかけてニューヨークの国連本部で開催された国連総会の緊急特別会合では、国連加盟国の約7割にあたる141カ国の賛成で、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議が採択された。
過去にも国連総会で侵略や侵攻を非難する決議が採択されたことがあるが、これほど多くの国が賛成したことはない。1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻した時は、非難決議への賛成は104カ国であった。1983年にアメリカがグレナダに侵攻した時は108カ国、1989年にアメリカがパナマに侵攻した時は75カ国が非難決議に賛成した。2014年にロシアがクリミア半島を一方的に併合した時も、非難決議への賛成は100カ国にとどまった。今回の141カ国の非難決議への賛成が、いかに多いかが分かるだろう。
緊急特別会合での各国国連大使のスピーチも、非常に力強いものであった。とりわけ小さい国々の発言が印象的だった。
シンガポールの国連大使は「ロシアの侵略は国連憲章違反であり、『力は正義』という国際秩序はシンガポールのような小国の主権を危険にさらす」と述べ、「国際社会は国際法(に基づく国際秩序)を維持するために団結しているという明確なシグナルを示なければならない」(執筆者訳、以下同)と訴えた。
カリブ海に浮かぶ島嶼国、アンティグア・バーブーダの国連大使は「国際法の遵守は、小さな島国である我々の安全保障の中心をなすもの」と強調し、国連に加盟するすべての国に対して「力は正義ではないことを確認しよう」と呼びかけた。
これらの発言を聞きながら私は、強い軍事力を持つことができない小国にとって、国連憲章に基づく国際秩序の維持がいかに死活的であるかを思い知らされた。
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中国は2012年、漁船や政府公船を使ってスカボロー礁の実効支配をフィリピンから奪取した。これに対してフィリピンは、国連海洋法条約に基づいてオランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴し、中国の領有権の主張には国際法上の根拠がないとする全面勝訴判決を勝ち取った。このようにフィリピンは、中国の「力による現状変更」に対して国際法で対抗している。