分断から80年が経ち、分断がもはや韓国社会を規定する要素の一つになっているという点を示す、端的な例といえます。韓国に住む在日コリアンの私がこうやって国家保安法に言及するということも、1970年代や80年代ならばすぐに当局による圧力や弾圧を呼んだでしょう。そういう面では韓国社会は確かに前進しましたが、今なお真の民主化とは隔たりがあります。
民主主義の限界を規定する「分断」
そして、そのことが「ヘル朝鮮」などと言われる韓国社会の生きづらさの問題と関係してきます。
本書でも取り上げたのですが、キム・ヌリという現代ドイツ社会に詳しいドイツ文学研究者が文在寅政権期を「幻滅の時代」と呼んでいます。朴槿恵(パク・クネ)時代までは「保守政権さえ終われば問題が解決する」という希望があったのに、進歩派の文政権になっても問題が解決しなかった。もはや希望さえも失われた、というのです。キム氏は進歩派を支えるいわゆる「86世代」、つまり大学時代に民主化運動を行ってきた世代の人物ですが、この批判的な視線が今の韓国において、とても重要です。
ここでいう問題とは、例えば、過度の競争社会、広がり続ける貧富の格差、労働災害の発生率の高さ、そしてOECD(経済協力開発機構)諸国で最悪の自殺率と超少子化といった「社会問題」です。この30年間、民主化と経済発展は進みましたが、一方で人びとの生活が置き去りにされてきたという意識が社会に存在します。
2014年のセウォル号沈没事故では、476人もの乗客を乗せた船がゆっくりと沈んでいくさまを、国民が生中継で目撃することとなった。250人の高校生を含む300人以上が犠牲となったこの事故は、韓国社会に大きな衝撃を与えました。そして、国が救助に全力を尽くさなかったのではないかという不満が高まった。
その後に拡がった朴槿恵弾劾を求める「ろうそく集会」の際、セウォル号の悲劇や「ヘル朝鮮」と呼ばれる行きづらい社会を念頭に「これが国か?」というスローガンが現れました。子どもたちを守れず、社会的な問題を解決できないありさまで「国」と呼べるのか、というわけです。ここには、国は国民の生活に責任を持つ存在であり、それこそが国の存在意義だという、韓国市民の国家観がよく表れています。韓国の人びとは、社会問題を解決できる国家を求めているんです。韓国において民主主義とは、その中に「社会的正義」という概念を内包しているのです。民主化イコール独裁の打倒ですから当然といえば当然です。この点が、日本での韓国社会認識では見落とされていると感じます。

そして本来、そうした国家観は、平等や分配、社会福祉などを重視する、いわゆる「社会民主主義」的な政治に結びつくはずです。韓国にも、そうした課題を重視する左派的な政党がいくつかあります。ところがこれらの政党の議席は、国会の300議席のなかで数議席しかない上に、先の大統領選では「中道保守」を自任する李在明氏に相乗りして存在感を失いました。世界には社会民主的な政党が多くの議席を持つ国もたくさんあるのに、どうしてこうなるのでしょうか。
一つには、韓国社会のなかにある「自己検閲」のせいだと思います。北朝鮮との対決が続くなかで「反共」が国是とされた時代があり、それを経てなお、国家保安法がにらみを利かせている。「アカ」と呼ばれるのではないかという不安があるから、「平等」ということを口に出しにくい。実は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権のときには、北欧型の福祉社会をつくろうという機運もあって、北欧に視察団を派遣したりしていたのですが、その後保守政権が続いた上に、十分な議論がされなかったことで、それも立ち消えになってしまった。
分断体制は、平等や再分配といった方向への発展を妨げ、犠牲を正当化してしまう。労災で労働者が死ぬのも、セウォル号のような事故も、北との対決に伴う「当然のコスト」だという発想に行き着くのです。「社会がよくなるためにはまず、南北の平和が必要だ」という議論も根強く存在します。
「分断」がもたらす韓国民主主義の限界
もう一つ。分断体制は保守系の為政者にとって「打ち出の小槌(こづち)」なんです。いつでも北朝鮮の脅威を持ってきて、民主主義を後退させることができる。それを見せてくれたのが、尹錫悦の「非常戒厳」でした。
尹は就任以来、一貫して北側との対決姿勢をずっと強めてきた。ついには非常戒厳の2カ月前には平壌の金正恩の執務室までドローンを飛ばして、一触即発の状況を無理やりつくりだそうとした。北朝鮮との対立激化によって、自らの権力を強化しようとしたわけです。
もし尹の非常戒厳が成功していたら、これまで築き上げてきた民主主義は崩壊し、韓国は全斗煥(チョン・ドゥファン)が政権を握った1980年に戻ることになったはずです。これを阻止して、進歩派の李在明が大統領に就任すると、彼は国連総会で、「韓国は民主主義国家に戻った」と宣言しました。ほっとした半面、当然の前提である民主主義を再確認しただけとも言えます。「またそこからなのか」という徒労感があります。
この構図が、「分断体制」が韓国社会に与えているもう一つの制約です。保守派が軍事的緊張を高め、「北の脅威」を梃子(てこ)に民主主義を後退させようとする。そうすると、それを進歩派が食い止める。そうすると熾烈な権力の取り合いになって、結局は保守派と戦って勝つことが至上命題になってしまう。「保守派に負けない」ことに全力を注がないといけない。そうなると、ほかの議論は霞んでしまう。社会問題や労働問題は、後回しになってしまうんです。これを「民主化遅滞効果」と呼ぶ学者もいます。民主主義を維持することに多大のエネルギーが割かれ、社会問題が後回しにされる傾向を指すものです。