広場に集まった若者たち
ここで、本書のタイトルになっている「広場」が持つ意味について解説しておきたい。
広場は、韓国では数々の民主化運動の舞台であり、単なる公共空間以上の意味を持つ。2014年のセウォル号沈没事故の真相解明や2016年の朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)の退陣を求める「ろうそくデモ」など、ソウル市民は社会問題が起きるたびに、市庁前の広場や光化門広場に集まり、社会を変えるうねりを起こしてきた。
本書で印象的なのは、若者たちが広場を「抗議の場」であると同時に、「新しい社会関係を試す場」として経験していた点だ。

国会議事堂前までの道を埋め尽くす人たち(2024年12月7日、ソウル)
第2章の「広場が尋ね、青年が答える 再びつくる世界、広場の民主主義を記憶しよう」を執筆したイ・ジェジョン氏は、非常戒厳の直後、「尹錫悦退陣のために行動する青年たち」(尹退青)という団体を組織し、尹大統領の退陣を求めて活動を始めた。デモや抗議集会に参加する若者1000人にアンケートを実施し、参加者の属性や動機を調査した。
調査は2025年1月1日から13日までの約2週間、オンラインで実施。尹大統領の弾劾を求めるデモに参加した10~30代を対象にした。回答者954人で女性76.7%、男性11.8%で、デモや集会に20代、30代の女性の参加が多いという特徴を反映していた。
回答者のうち3分の1以上が初参加だった。残り63.1%は朴槿恵大統領の退陣や、性平等やジェンダー、デジタル性犯罪の糾弾に関連するデモに参加した経験があると答えた。イ氏は「参加した動機は単なる政治的事件に対する反応でなく、社会問題に対する関心が高い集団による主体的な動きだった」と分析する。
尹大統領退陣要求デモに参加した動機について尋ねたところ、「非常戒厳に衝撃を受けたから」(73.2%)が最も多かった。次いで「市民として責任を果たすため」(72.7%)「非常戒厳宣布前からの尹政権の政策とやり方に失望したから」(71.6%)と続いた。
特に「非常戒厳宣布前からの尹政権の~」と答えた女性(71.6%)は男性(66.4%)より多かった。
これは尹政権下でのジェンダー政策の後退が影響している。尹大統領が大統領選で掲げた女性家族部廃止の公約と、就任後の女性家族部の事実上の無力化、ジェンダー暴力被害者支援の予算削減、職場内のセクハラ問題を担当してきた「雇用平等相談室」予算の全額削減などは、「自分たちは守られない」という感覚を女性たちに強く刻み込んだ。女性たちは、民主主義を抽象的理念としてではなく、日常の安全や尊厳と結びついたものとしてとらえていたのだ。
さらに尹退青は、若者たちが広場で何を求めたのかについても質問している。①社会の大改革による社会問題解決、②内乱犯罪捜査と責任者の処罰、③尹錫悦弾劾完遂、④国政の安定と共同体の信頼回復、の4項目から選んでもらった結果、1位は「社会の大改革による社会問題解決」(63.1%)だった。これは若者たちが尹大統領の退陣だけでなく、非常戒厳を契機に根本的な社会の変化を望んでいることを示す。
ほかに、民主主義の危機の原因(複数回答可)を尋ねると、「権力の集中と乱用」(95.7%)が最も多く、「経済的不平等の深刻化」「政治の二極化による社会対立の深刻化」が続いた。民主主義強化のための方策は「経済的不平等の解消と機会の平等の保証」(59.3%)が1位で、「市民参加と意見の収斂」「政治の二極化の緩和と協力政治の構築」と続く。
著者のイ氏は、若者たちが民主主義の危機の原因と解決法の両方で「経済的不平等」を挙げていることに注目し、「所得の少なさや生活不安を超え、(経済的不平等は)社会的地位や政治参加の不均衡、発言権の制限など民主主義の基盤を弱体化させるという認識があることを示す」と分析する。
非常戒厳をきっかけに広場に集まった若者たちは、それまでの広場とは異なる新たな文化もつくり出した。若い女性たちは推しのアイドルや俳優を応援する際に使うペンライトを手にして広場に集まった。さらにデモや集会では韓国の人気アイドル「少女時代」のヒット曲「再び出会う世界(Into the New World)」が歌われ、朴槿恵大統領の退陣デモで民衆歌謡が歌われていたのとは異なる姿を見せた。参加者へのカイロ配布や託児所の設置、また広場近くのカフェではデモに参加できない市民が参加者のために代金を先払いするなど新しい支援の形も見られた。
若者たちが広場に集まったのは、非常戒厳への反発もあったが、広場が新たな文化として受け止められたのは、彼らの成長時期とも関係があるとイ氏は指摘する。
イ氏によれば、2020年から2023年に青年期を過ごした若者世代は、外部との交流が活発になる時期にコロナ禍によって「ソーシャルディスタンス」として社会と隔離された青春時代を過ごした。そのため若い世代で体験した連帯感は新しい経験だったのだという。
