若年男性の「極右化」「保守化」というレッテル
一方で、本書が丁寧に掘り下げているのが、20代、30代男性をめぐる言説の危うさと、彼らの等身大の姿だ。
2025年1月19日未明、尹大統領への逮捕令状が発布されたとの報道を受け、ソウル西部地裁には一部の支持者が突入。建物の備品を破棄するなど騒動を起こした。この事件では、現行犯で逮捕された90人のうち半数を20代、30代の男性が占めたとされた。この事件は、韓国社会に衝撃を与え、韓国の若者男性の「極右化」「保守化」を示す事例として盛んに報道された。
これまで韓国の極右、保守と言えば、60代以上の高齢の支持者が多かった。しかし今回の非常戒厳から尹大統領の弾劾では、弾劾に反対する集会には60代以上の支持者のほか、20代、30代の青年の姿も目立った。
しかし、本書の著者の1人で第3章「20代、30代男性のフレーミング戦争」を執筆した慶南大学社会学科のヤン・スンフン教授は「20代、30代男性が保守化したとは考えにくく、保守化したとしても、過去10年間の進歩派政権に対する不満の表明であり、政治的な傾向は依然として感情的で流動的だ」と指摘する。
ヤン教授によると、各種世論調査において18~29歳、30代の男性のうち最小52%、最大67%が尹大統領の弾劾に賛成し、反対は20~35%だった。尹大統領が罷免された直後の調査では、20代、30代の75%が「罷免」を支持した。この世代が圧倒的に罷免を支持したというのは、同世代の半数を占める男性も罷免に賛成だったことを示している。
むしろ問題なのは、思想の右傾化よりも20代、30代の男性の「どこにも居場所がない」という感覚ではないだろうか。
ヤン教授が出会った地方に住む20代の男性は、なぜ弾劾賛成の集会に参加しないのかという質問に対し、「私たちにはペンライトが与えられてないのに、どうして参加しないといけないのか」と答えたという。

尹錫悦大統領退陣要求デモで使われたペンライト(2024年12月8日、ソウル)
朴槿恵大統領の退陣とその後の政権下では高騰する住宅価格や就職難による格差が拡大。「イセンマン」(今の人生は失敗した)という言葉が生まれるほど、若年男性の疎外感は大きくなっていった。一方、江南駅女性殺害事件や#MeToo運動、小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(邦訳は筑摩書房、2018年)などによってフェミニズムへの関心が高まり、女性たちは性差別に対して積極的に声を上げ始めた。ところが、男性たちは、フェミニズムや社会問題に対する不満をオンラインコミュニティーで吐露するだけであり、保守政党や保守的な政治家は彼らの不満を吸い上げる形で勢力を伸ばした。
20代、30代の男性にとって、「ペンライト」は2つの意味を持つという。政治的な権限を与えるものであり、広場に参加するための動力となる明確な議題でもあるということだ。しかし男性にはいかなるペンライトもない、つまり権限も動機となる議題もないとヤン教授は指摘する。反面、20代、30代の女性は過去10年間、フェミニズムの拡大に取り組み、自分たちの議題を進歩派の政権・政治家の常識として盛り込ませることに成功した。
民主主義社会で育った20代、30代の男性は社会的、経済的な厄介者ではない。彼らを潜在的な極右として排除するのではなく、彼らが直面している問題に慎重にアプローチし、民主主義の広場の主体として組織し意思疎通を図る政治が必要だ。
『広場その後』というタイトルが示すのは、非常戒厳阻止や大統領罷免がゴールではないという認識だ。
若者たちが求めたのは体制変換ではなく、民主主義を自分たちの生活に引き戻すことだった。経済的な不平等の是正が民主主義の条件だと彼らが考えている点に、強い現実感を見る。
韓国の若者は、もはや理念だけでは動かない。同時に冷笑的でもない。壊れやすい民主主義を前に、どう関わるか模索している世代といえる。
