見直しが急務の年金制度
参議院選挙において、宙に浮いた5000万件の年金記録や消えた年金記録の問題が重要な争点になった。しかし、この問題は、年金制度改革の多くの課題のひとつに過ぎない。日本の公的年金制度は1942年~60年代前半の「スタート期」、60年代半ばから70年代前半の「充実期」、85年以降の「調整期」を経て、今日、人口減少・高齢化のなかで「縮小・再設計期」にさしかかっている。制度ができてから65年もたった公的年金制度は、いろいろな部分の見直しが必要になっている。賦課方式の年金財政
日本の年金制度は、先進国と同様に賦課方式で運営されている。賦課方式とは、高齢者への年金を現在の若い世代が支払った保険料から賄う方式で、世代送り方式である。これとは別の方式としては、積立方式がある。これは、一定期間年金保険料を支払い、高齢期にそれを取り崩して年金として受け取る方式である。賦課方式は、すぐに年金制度をスタートさせることができ、さらに経済変動に対応できるという利点があるものの、高齢化の影響を受けやすいという弱点がある。で見るように、急激な高齢化が進むということは、保険料を支払う若い世代が減少し、年金を受け取る高齢者が増えることを意味する。
年金財政が現在のような賦課方式になった理由は、戦後の年金制度の全面改正時から十分な保険料を徴収してこなかったからである。1954年の厚生年金の保険料はわずかに3%であった。その後、徐々に上昇したが、それでも現在の70歳代の人が生涯で支払った保険料率は平均すると年収の6~7%程度に過ぎない。一方、同程度の給付をもらうにもかかわらず、20歳代の人が支払う保険料は生涯平均で年収の18%以上である。60歳以降、平均寿命までの15~20年間、年収の50~60%の年金額を受け取るために、わずか6~7%の保険料で賄えるであろうか。当然無理であり、高齢者世代の保険料に比較して超過して受け取る部分は、若い世代からの保険料で賄うことになる。
では、高齢者は支払った年金保険料に比較してもらいすぎなので、年金を大幅にカットすべきなのであろうか。しかし、高齢者が受け取っている年金額も決して高いわけではないのである。それでは、なぜ今の高齢者が若いときに、もっと高い保険料を取っておかなかったのか。考えてほしい、54年という戦後復興がまだ本格的になるかならないかという時期に15~18%もの保険料を徴収できたであろうか。戦後復興という歴史的な出来事のなかで、年金制度は、事実上の賦課方式でスタートしていたのである。
年金制度改革の3つの課題
年金制度改革は、(1)大きさの問題、(2)形・デザインの問題、(3)インターフェースの問題の3つに分けて考える必要がある。(1)大きさの問題
「大きさの問題」とは、高齢化が進み、グローバルな経済競争のなか企業の負担も限界があるという現状で、公的年金の財政の安定性、持続性をどのように維持するか、経済全体に年金保険料の負担が占める割合をどの程度にするのかという問題である。
高齢化が進むなか、賦課方式の年金財政が不安定化しており、改革が必要になっている点は、先進各国で共通である。一度、賦課方式で年金制度をスタートさせると、積立方式に切り替えるのはきわめて困難である。すでに多くの受給者や受給直前の人がいるため、賦課方式の年金制度を精算することはできないからだ。したがって、積立方式は実現可能な改革の選択肢にはならない。対策は、保険料を引き上げるか給付を引き下げるか、あるいは両方を少しずつ行うかしかない。2004年度年金制度改革は、まさに当面17年までは保険料を引き上げ、そして23年ごろまでは給付を引き下げるというものであった。この結果、政府は、高齢化が加速しなければ、100年までは何とか積立金を保持できるとしている()。
(2)形・デザインの問題
「形・デザインの問題」とは、保険料を定額にするか、所得に比例させるか、年金額を定額にするのか、所得や保険料負担に応じて給付するのか、職業別に異なる年金制度にするのか、すべての国民で一つの制度にするのかといった、年金制度のデザインにかかわる議論である。
04年度の年金改革は、(1)の「大きさ」(負担)を抑制し、財政的な持続可能性を高めることを目的としたものであった。しかし、実際にこのときに争点になったのは、複雑な財政問題ではなく、わかりやすい年金の未納、空洞化問題であった。1990年代から広がった国民年金の未納は、雇用形態の多様化によりパートや契約社員など非正規労働者が増加し、強制支払いの厚生年金の加入者が減少、任意支払いの国民年金加入者が増加した結果である。 働き方の変化に年金制度が対応しなかったという「形・デザイン」にかかわる問題が表面化したのだ。しかし、現実の04年度の年金改革は、こうした形・デザインの問題は取り扱わず、財政問題のみを取り扱ったことになる。
(3)インターフェースの問題
そして、「インターフェースの問題」とは、どのように保険料を徴収するのか、税と一体で徴収するのか、加入記録や受給額の見通しといった年金に関する情報を国と国民でどのように共有するか、いかに国民にとってわかりやすい制度にするかという「情報共有・コミュニケーション」にかかわる問題である。
宙に浮いた年金記録、消えた年金記録の問題は、年金加入記録の信頼性という、制度の前提である基本的なインターフェース、国民と政府の情報コミュニケーションにかかわる基礎中の基礎の問題である。かつてのようにサラリーマンが増加し、長期雇用が中心だった社会では、政府は、企業を通じて徴収、給付できる厚生年金制度をきちんと運営すればよく、加入者と直接情報共有する必要性は小さかった。しかし、雇用の流動化や非正規労働者の増加は、年金記録の複雑化につながった。政府は、早い時点で、国民と政府間で情報を共有する仕組みを作り、加入記録などのミスが発生しても、修正できるような土台を導入すべきであった。この問題は、空洞化問題などとは比較にならないほど、年金制度への信頼性に深刻な影響を与えている。
安定した年金制度への具体的な改革案
それでは、これら3つの課題から、具体的な年金改革案について提案しよう。もちろん、これらは一朝一夕に実現できるものではない。 しかし、最終的な完成イメージがなければ、段階を追った改革も意味をなさなくなる。まず年金の大きさ、すなわち財政安定性の課題であるが、厚生労働省の「厚生年金・国民年金平成16年財政再計算結果(報告書)」によると、少子化と経済悪化が進行した場合、04年度改革で政府が約束した給付水準50%を維持すると、積立金は早ければ66年に枯渇し、制度は崩壊してしまう。このため、年金の給付水準のさらなる引き下げや支給開始年齢の引き上げなどが必要になろう。しかし、カットされただけでは老後の生活が立ちゆかなくなる。公的年金の給付カットを補うために、私的年金に対する税制上の優遇措置を拡大することが必要である。
次に、形・デザインの問題であるが、まず職業、就業形態にかかわらず、同じ年金制度に加入できるように制度を一元化することは不可欠である。また、満額でも給付水準が生活保護よりも低い基礎年金は解体する必要もある。年金保険を、保険料と年金額が対応するような所得比例型年金に全面的に切り替え、すべての国民がこれに加入することにし、それでは年金が低すぎる人にのみ、税財源に基づく最低保障年金を給付する制度に切り替えるべきである。