どのような罪で死刑が定められているか
2008年は通り魔事件が相次いだ。その罪を殺人者の命で償うべきだという考えは、心情的には世間に受け入れられやすい。厳罰化を求める声も強まっており、それを受けて、日本では、先進国で唯一死刑執行数が増加している。一方で、国連人権理事会が日本に対して死刑の執行停止や死刑制度の廃止を求めたり(日本政府はこれを拒否)、死刑制度に代わる「終身刑」が議論され始めている。このような状況で「死刑」制度にどう向き合えばいいのだろうか。日本の刑法で死刑が定められている典型的な犯罪として殺人罪、強盗殺人罪などがある。刑法以外でも、航空機強取等致死罪(ハイジャック防止法2条)、組織的殺人罪(組織犯罪処罰法3条)などで死刑が定められている。これらの犯罪は、財産目当てに人を殺したり、組織的な人殺しなど、生命そのものを奪う犯罪である。
しかし生命を奪う犯罪以外でも、内乱罪・外患罪や現住建造物等放火罪などでも死刑が定められているので、法律の条文自体からは、死者が出なくとも死刑になる可能性はある。
ただ戦後の裁判では、被害者が死亡していない事件で死刑が言い渡されたものはない。犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性(ことに殺害された被害者の数)、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合にだけ死刑を科することが許される、とするのが最高裁判所の立場である(永山基準。永山則夫連続射殺事件第1次上告審判決 1983年7月8日)。
この永山事件では、1カ月足らずの期間内に4人を銃殺して社会不安を招いたこと、犯行動機も発覚回避と金品強取にあること、自首を勧める実兄の言葉に耳をかさずに犯行を繰り返し、米軍から窃取した銃で頭部、顔面等を至近距離から数回に渡り狙撃する残忍な方法で殺害していること、命乞いするのをきき入れず殺害していること、被害者の遺族は被害弁償を拒み、被告人を許す気持ちはないこと等の要素を考慮して死刑判決を言い渡している。
執行時期はどのように決まるのか
裁判で死刑の言渡しを受けた者は、執行に至るまで刑事施設に拘置される。死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する(刑法11条)。死刑判決が確定すれば法務相の命令によって6カ月以内にそれを執行しなければならない(刑事訴訟法475条)。しかし実際に6カ月という期間が守られたことはない。たとえば、2008年6月17日に鳩山邦夫法務相が執行した宮崎勤被告への死刑は、判決確定後2年5カ月後に行われている。過去には、付属池田小事件の宅間守被告の1年が早いほうの執行であり、中には12年近く拘置された例もある。
判決確定から死刑執行までの手続きは、法務省刑事局の局付け検事が確認作業を行い(死刑執行起案書の作成)、法務相が執行命令書に署名することによって行われる。執行までの期間にバラツキがあるのは、誰の死刑執行を先に起案するかについて法務省担当者に裁量があるほか、法務相の死刑に対する思想・信条が異なることがその原因である。
裁判員制度と死刑
死刑存廃論は、いろいろな観点から議論されている。筆者は特に憲法の観点から死刑を廃止すべきだと考えている。憲法が一人ひとりのその人らしい生き方を尊重している以上、国が「人道的に」殺人をすることは許されないからである。憲法以外の観点から、たとえば犯罪抑止力の点で、犯罪を防ぐには死刑を存置する必要があると言われるが、死刑に犯罪抑止力があることが科学的に証明されているわけではないと反論されている。一方で、死刑は、ひとたび執行されれば二度とやり直すことの出来ない不可逆的な刑罰だから誤判の際に取り返しがつかないという廃止派の主張に対して、懲役刑でも服役した時間と負担は取り返しがつかないから死刑だけの問題ではないと存置派は反論する。このような状況の下で、08年3月に「死刑廃止を推進する議員連盟」(会長・亀井静香)から、裁判員制度の導入に関連して2つの提案がなされた。(1)裁判員制度において第1審における死刑判決は全員一致を要件とするという評決ルールを定めること、(2)「死刑」と「無期」の間に、仮釈放を認めない「重無期刑」という中間刑を創設し(終身刑)、裁判員制度を実施した際の評決時に反対者が1人でもいれば重無期刑を言い渡すことを内容とする。少しでも疑義があれば重無期刑で対応する趣旨である。
また08年5月には、終身刑の創設、あるいは無期懲役刑のままで仮釈放までの最短期間(10年)を延長することを目指して「量刑制度を考える超党派の会」(会長・加藤紘一)が発足した。この議員連盟には、廃止派・存続派双方が参加している。廃止派は死刑に代わる重い刑として終身刑が必要と考えているし、存続派にも、死刑と仮釈放のある無期懲役刑とのギャップを問題視する向きが多いからである。8月30日にまとめられた刑法改正案の骨子では、刑法で死刑が設けられている現住建造物等放火罪、殺人罪、強盗致死罪などに終身刑も設けること、終身刑に恩赦を認め、減刑して有期刑とする場合は30年以下とすることなどがまとめられている(08年8月31日 読売新聞)。
裁判員制度が始まる際には、一人ひとりの国民が死刑と向き合わなければならない。「自らが参加した死刑判決が、もし間違っていたら」と、考えてみることは不可欠である。もはや人ごとではすまされない。